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まず感謝します

悔しさをバネに──
っていう表現があります。
何回も聞いたことありますよね?
ところがいまどきの若ゾウは、
あまりそういう言い方はしないらしいです。
負けん気
なんてぇのが死語になってしまってるそうですから。
う~~ん‥‥
あけましておめでとうございます。
2015年です。
年のはじめ
ともなりますと、
ことさら入念に人生の区切りをつけ、
心にも特別なメンテナンスを施すもんですから、
なにか自分がスーパーマンにでもなったかのような、
特別な気力が充満し、
すがすがしさもまた格別なものがあります。
小雪がちらつく中、
2時間ほどのジョギングで軽く汗を流し、
ますます爽快。
お正月らしい話題を選んでみましょう。
(^▽^)/
このごろ気づいたことなんですけど、
感謝の気持ち
が、
自分のバネになっているんだな
っていうこと。
エネルギーの源が、
だいぶ変わってきたな
ってことなんです。
もしかしてこれを知っておくと、
誰でもカンタンに
無限のエネルギーを自分のものにすることができて、
やる気が出せてモチベーションが上がるんじゃないかと思うので、
シェアしたいんですよね。
はい、ではそもそも、
いま現在、
あなたは何をバネにしてるんでしょう?
平均的な自分のモチベーションをはるかに上まわる、
爆発的なエネルギーがどこからか噴き出してきてますか?
たとえはよくないが、
復讐に燃える残忍な殺人鬼、
そのエネルギーは憎しみです。
もしかしたら愛する婚約者を殺されたとか、
テレビドラマでよくあるパターンですけど、
とにかく相手を許せない気持ち、
恨みや憎しみが強い動機になって復讐が実行されます。
わたしはかつて、
怒りの感情からエネルギーを得ていました。
負けて悔しい、
まわりからバカにされて腹が立つ。
>なめんなよ。
っていう想い
とか。
>このまま終わってたまるか。
っていう
いきり立った感情。
これが自分に、
いろんなことをさせてたんです。
怒れば怒るほど
すごいパワーが出ます。
コワいですよね。
このパワーが敵を倒すことに向かうと、
無駄に浪費されてしまうことにもなるわけですが、
自分を高めることに転換されるなら、
けっこう利用価値の高い資源となります。
みなさんにもきっと
いくらかは身に覚えがあるはずです。
バネっていったって
ネガティブなものばかりにかぎることはありませんよね。
夢を実現させたい気持ちも大きなパワーです。
あれもほしい、これもしたい。
そのためになら
いくらでもがんばれる。
じゃあ‥‥
夢が叶ってしまったあとはどうするんですか?
10代に見た夢が20代に叶って、
もっとマシな夢を20代に描いたら、
それも30代でぜんぶ実現してしまい、
また次の夢を30代で描いたら、
40代で叶ってしまい‥‥
って、
夢が小さいのかどうなのかわかりませんが、
しあわせすぎますね。
じゃあそういう場合、
こっからどうするんですか!?
焦りも妬みもコンプレックスもないとして、
おいしいものがたっぷり食べられてお酒もおいしくてラブラブで、
毎日けっこう楽しくて、
200%満足でじゅうぶんしあわせ
だからって、
それでいいんでしょうか?
こんなに居心地がいいのに、
なんでわざわざ新たな挑戦とかする必要があるんでしょう?
Why bother?
──この問いに対する答が、
感謝の気持ちから見つかりますよっていう報告なんです。
恩返しであったり恩送りであったりですね、
そういうのが目の前にすごく積み残されてる感じ。
で、
まだまだしたいことがブワッと浮かんできます。
どうにもこうにもウズウズと、
無限にミッションが湧いてくる感じで。
いかにもバネ
──だからあなたも、
ご自身がいま、
どこからエネルギーを得ているか、
ちょっと見つめ直してみてほしいんです。
まあふつうは、
(失礼ですけど)もっと単純なだけで動いてますよね?
「お金がほしい」とか「休みたい」とか「旅行したい」とか。
ところが、
同じように「お金がほしい」っていう欲でもね、
幼少期にひどい貧乏をして辛酸を嘗めた体験をもつ人と、
そうでない人とでは、
エネルギー源の厚みがまるっきりちがうことがわかります。
欲なんてもんはそれ自体、
薄っぺらいもんなんですなぁ。
性欲でも食欲でも、
マズローの五段階のもうちょい上のほうの欲求でも、
とりあえず満たされたらそれで急降下。
ある程度のところでゲンナリしてしまって、
それ以上はガツガツ行けない。
だから
大きなエネルギーをもった人のように、
突き抜けた成功を収めることがない。
家族のため──
愛する妻、子どもたち、地域のため
っていうのも確かに、
すごく大きなエネルギーに転換されますね。
なんてったってですから。
これはもう最強無敵といっていい。
無償の感情ですから
結果なんかにとらわれず、
ありったけの情熱を注いで行動することができます。
でもこれだって、
わが子が難病に冒されて治療費が何千万円もかかるっていう人と、
そうでない人とではエネルギーの太さがちがう。
もしあなたがいまなんとなく
へこたれている感じで、
パワーの源泉を見失っているとしたら、
感謝をエネルギーに
換えられるかもしれませんよっていう話なんです。
「ありがとう」をいっぱい言えば、
きっとなんかいいことあるよ
っていう話を、
よく耳にされているかもしれませんが、
それとはちょっとちがいます。
もちろんそれも一面では真理だろうと思うんですが、
ほどほどにしとかないとね。
なんかいいことがありますように
っていう期待が先で、
だから感謝しましょっていうのでは本末転倒。
自分が感謝の気持ちで満たされて、
はちきれるほどしあわせで、
まわりの人をもっと元気にしたいとか、
励ましたり勇気づけたりしたいっていう気持ちが湧いてきて、
それを現実の行動に結びつけていくっていうのが順序でしょう。
あなたに足りないのは、
お金でもないし、出会いでもないし、チャンスでもない。
ほんとうは
ほとんど何も足りないものはない。
足りないものがあるとしたら
それは感謝。
ものすごく簡単なことなのに、
いちばん忘れがちなもの。

それが感謝。
えらそうに言いました、ごめんなさい。
こればっかりはわたし自身、
ほんとうによく忘れる。
毎日のように忘れる。
思い出すのがたいへんなくらいよく忘れます。
だからこうやって、
1年のはじめの大きな約束として、
やっぱり日々感謝を誓うんです。
ほんとうに心の底から感謝できたら、
イヤなことはぜんぶ忘れます。
感謝は万能薬ですよね。
それでもって無限のエネルギーを供給してくれる源でもある、
なのに、
なんでこれを忘れるかな。
ああそれから、
「ありがとう」はなるべく口に出して、
相手に気持ちを伝えましょう。
心の中で思っているだけなら、
それはあなたひとりのエネルギー。
感謝している相手に伝えたら、
それは相手にとってもエネルギー。
原価ゼロ、
仕入れもしてないのにエネルギーが2つも生まれる。
わーおw(゚o゚)w
こんなふうに人間は
核燃料よりすごい自家発電能力をもっている。
ところが、
身近な人にこそ伝えたい感謝の気持ちが、
なかなか言えないんだなあ‥‥(◎_◎;)
>あの嫁にだけは、
>ありがとうなんて口が裂けても言えない。
>心の中に大事にしまっとくから
>それで勘弁してくれ。

‥‥って、
なんでそうなるかなぁ。
バツが悪いのか勇気がないのかなんなのか、
とにかくお互いに「ありがとう」が言い合えないもんだから、
神さまとかお天道さまっていう便利な対象をこしらえて、
そこへ向かって言ったりしてますけどね。
どこにも感謝しないよりマシでしょうけど。
身近な存在の人に、
いつもやってもらってることほど
「あたりまえ」と感じてしまいがち。
わたしはかなり言えるようになってきましたよ。
嫁さんに対しても、社員さんに対してもね。
コーヒーひとつ運んでもらっても、
ちゃんと「ありがとう」言えてます。
喫茶店の店員さんにだって言います。
>まさか‥‥
>まえは言わんかったんかい!?

ってことなんですけど、
はい、
ぜんぜん言ってませんでしたね。
なんで
コーヒー持ってきてもらったくらいで
いちいちお礼しないといけないんですかっ?
そんなもん、
決められたルーチンワークの一部でしょ!
喫茶店なんてあっちも商売、
こっちはその場でカネ払って帰るんですよ!
‥‥てなわけで
ヒドいもんだったんですけど、
いまは別に意識しなくってもふつうに「ありがとう」言います。
それが習慣になってるからですね。
むかしの1000倍くらい「ありがとう」増えたんじゃないでしょうか。
そりゃあしあわせも1000倍になるってもんでしょうがね‥‥。
言わない人の心の中もわかります。
エネルギーが早々に枯渇して、
しんどいだのダルいだのアホくさいだのってことになるでしょうね。
怒りや憎しみや優越感をエネルギーに換えて
がんばるのもいいでしょう。
でもね、
経験者だから言いますけど、
あれは自分の心にも体にもがまわりますから、
長く続けないほうがいいですよ。
人を傷つけるとかより以前の問題として、
自分がやられてしまうんですよ。
しかも、
1回やっただけで何年もが尾を引く。
きっぱりやめといたほうが身のためです。
がんばれる人
には
ちゃんと拠り所があります。
わたしのまわりはみんな
何億、何十億のお金をまわす経営者ですから、
まあたいていは元気です。
びっくりするほど元気な人もいます。
いつ寝てんのかと思うほど、
あっちやこっちに顔を出し、
仕事も遊びも女も酒もお盛んで、
利益も出てるし社員もハッピー。
なが~くがんばっている人の心の中を覗いてみて、
パワーの源を探ってみると、
欲望だけじゃあここまで続かない
ってことが
ちゃんとわかりますよね。
(^▽^)/
感謝しましょう。
誰かを愛するより簡単な何かです。
感謝のための時間をとりましょう。
すぐできます。
「ありがとう」を言いましょう。
伝える相手がいなくても言いましょう。
言うのに飽きたら書きましょう。
あしたまた忘れたら、
また何回でも思い出しましょう。
まず感謝。
まだ生きていることに感謝。
感謝の気持ちで身体が溺れてしまうくらい、
まわりをありがとうだらけにしましょう。
そして恩返しをしましょう。
返す相手がいなくても恩送りをしましょう。
ウズウズしましょう
それでは、
来年のお正月にまた、
このウズウズした気持ちを思い出せますように。
あ、いや、そのまえに
忘れずずっと保てますように。
Keep it up!

瞑想のすゝめ

手段について書きます。
わたしが知りうる手段のなかで、
最高にすばらしいものをここでおすすめします。
>いったいなんの手段ですか?
と尋ねられそうですが、
ま、
なんでもいいんです。
あなたの目的がどんなものであろうと、
それを達成するためにもっとも有効な手段です。
思考を止め、心を研ぎ澄まし、
ふだんは自覚できない潜在意識領域との連絡通路を開放します。
あたりまえのことですが、
どんな目的を達成するにも意志が必要ですよね。
意志が充分に強ければたいていの願望は現実化します。
だから
>夢を叶えるにはどうしたらいいですか?

もし尋ねられたら、
意志の力を高めることですよ
とだけ
答えるかもしれません。
が、
これでは目的と手段の階層が混乱しているために、
答になっていないことも知っています。
>じゃあどうすれば意志の力が高められるっていうんですか?
という問いに再び答える必要が出てくるわけなんですが、
実は、
その解こそが瞑想だと言いたいわけなんです。
瞑想はすぐにでも行動に移せる具体的なアドバイスですから、
あなたの質問に対する答になっていますよね。
瞑想によって意志力が高まります。
感情はコントロールされ、
心も朗らかに安定します。
アイデアがぐんぐん湧いてくるようになるので、
「頭がよくなる」と表現してもあながちまちがいではありません。
するとダイエットもうまくいくし、
急にモテるようになって恋愛の悩みも解決します。
ビジネスのほうではその効果はもっと顕著です。
ある目的を達成するためにいろいろと考え出される手段の集合体について、
いちいち実現可能性が高まるわけですから当然です。
>じゃあ瞑想ってどういうもの?
‥‥っていうことになりますと、
これがなかなか奥の深いものがありまして、
行為としては
坐っているだけ
に見えるものだったりします。
中村天風師の創見された心身統一法のほうでは、
安定打坐というのがありまして、
これも基本敵には「坐っているだけ」なんですが、
ブザーの音を利用して無念無想への近道を実現しています。
坐らない瞑想もあります。
歩いてても寝ころんでても、
電車に乗っているときでも瞑想はできます。
動きのある瞑想としてよく知られているものに、
ヴィパッサナー瞑想があります。
サティを入れることをくりかえしながら、
身体の動きに気づき続けます。
ふだんは意識していませんが、
がちゃがちゃとやかましい頭のはたらき──思考──を、
いったん停止して静かにさせよう。
思考と思考のあいだに無理やりにでも隙間を作って、
潜在意識のほうを動かしてみよう。
ぺちゃくちゃとやかましい心のおしゃべりを、
シーッと黙らせて休ませてあげよう。
‥‥というような目的が一応あるのですが、
目的にとらわれてしまうと瞑想にならない
というジレンマもありますので、
あえて目的はぼやかしたままにしておきます。
はじめはよくわからなくてよいので、
とにかくとかとか、
そんなふうな心境でやりはじめてみたらいいでしょう。
わたしの場合、
はじめのころは数息観という呼吸法から入りました。
自分が呼吸するのを数えるだけのシンプルなものです。
50から1つずつ減らして49、48、47‥‥というように、
息を吐くごとにカウントダウンします。
なぜ逆に数えることにしたかというと、
そっちのほうが雑念に気づきやすいからですね。
1、2、3‥‥と増やしていくほうは、
アタマがあまりにも慣れていて自動化されているので、
途中で気が散ってしまっても気がつかないことがあります。
呼吸を数えることによって、
意識を呼吸に集めます。
自分がしている息のことの他には、
なにもない心になります。
無我一念
──まずは、
ひとつのところに意識をまとめる訓練です。
気づいたら戻りましょう。
瞑想中に雑念が湧いてきたり、
思考がはじまってしまったときは、
ただそれに気づき、
もとの流れに戻ります。
その感じが掴めるようになってきたら、
ひとつのところにまとまった意識を切ってしまう段階です。
ピーンと引っぱった意識の糸をブツッと切る。
無念無想
──自分の中の最強の意志が発動する状態のことを、
そう呼びます。
瞑想についての情報はネットでもいくらでも集められますし、
続けていくうえでのポイントみたいなものは、
わたしもこれから根気よくくりかえし紹介していくつもりです。
しかしこればっかりは
ご自身で習慣的に実践していただかないことにはどうにも伝えられません。
5分でも10分でも、
1時間でも半日でも、
理屈を並べずに坐ることからです。
思考を止めることが、
ひとつ絶対的に重要なアプローチです。
だから、
瞑想っていうのはどういう理屈でこうなんだああなんだと
エゴを介入させてはいけません。
ちなみにわが社では、
「1日3回プチ瞑想」
というのを習慣化しています。
朝は始業と同時に、昼は昼休みが終わったときに、
そして勤務時間の最後に、
1回5分、とにかく坐らせます。
解釈は各自に委ねているので説明はありません。
休憩時間ではなくて勤務時間内にやります。
心を整えるという意味でも大切な経営習慣ですが、
さらに深い修行への、そこは入り口にすぎません。
ただ坐っているだけの瞑想なんて
時間のムダづかいだとしか思えない
という人ほど、
実はいちばん時間をムダに使っている

──と、
遠慮なく断言しましょう。
心の法則を軽んじているわけですからね。
がちゃがちゃと慌ただしい空気の中で、
それを活気だとか華やかさだとかと混同して、
おまけにまわりの協力者をメンタル面で追いつめる。
そんな彼らが忙しいいそがしいといって資料作成に追われているあいだ、
あなたがずっと坐っていたとすると、
そのときは彼らよりあなたのほうが書類の提出が遅いでしょう。
が、
いまでは彼らが3時間かかる仕事を
あなたは3分で済ませることができます。
気づいてください。
他人を変えることはできない

よくいわれますよね。
これは厳密には正しくないのですが、
他人を変えようとするとエネルギーのロスが大きいので、
そんな無駄なことをするときはよくよく考えろよ
という戒めなんだと解釈してください。
実際、
他人を変えようという意図的な試みは90%以上の確率で失敗します。
しかしあなたがもし、
ある人の習慣を変えることができる立場なら、
習慣を変えるという操作を通じて、
その人の性格や思想を変えてしまうことができます。
同様に、
あなたの習慣を変えることによって、
わたしはあなたを変えることができます。
あなたもあなた自身を変えることができます。
このサイトの中で、
わたしはいろんな習慣に触れ、
習慣を題材とした投稿をたくさん書いていますが、
いちばんおすすめしたい習慣瞑想なんです。
心のお手入れをサボらないための基本習慣は瞑想です。
あらゆる目的に対する手段として、
瞑想の習慣 を 第一番におすすめします。
わたし自身は長年安定打坐をサボりながらも実践していますが、
まるで宇宙へのショートカットのように、
フイッと無我の境地に入っていくコツをつかむことができました。
ヴィパッサナー瞑想をずっと続けている友人もいます。
あなたもはじめてみてください。
このサイトがそのきっかけになれば望外の喜びです。
(ё_ё)(ё_ё)(ё_ё)
とか言いつつ、
この話には洒落にならないオチがあります。
あなたの意志力を高める最高の手段が瞑想だと、
たったいまここで説明してきたわけなんですが、
じゃあその瞑想を習慣として継続する意志が欠けていたとしたら、
その足りない意志力はどこから調達してきたらよいか‥‥
っていう謎が残るんです。
もちろん名探偵キクゾウは、
この謎も解きました。
興味のある方には教えてあげてもいいんですけど、
まずはありったけの意志を瞑想習慣に注いでくださいってことですね。