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短気者対談──「M2テクニック」で想念が消える

きくぞうさんは短気だったんですね?

いや、
まあ「短気だった」っていうか、
いまでもじゅうぶん短気ですけどね。

あ、そうですか。
そんなふうに見えませんけど、
むかしはずいぶん短気だったとお聞きしました。

そうらしいですね。
よく言われます。
よっぽどひどかったんでしょうね。

実はわたしも、
短気で悩んでいるんです。

それは‥‥
お気の毒さまっていうかなんていうか、
短気のどういうところが悩みですか。

そりゃやっぱり、
怒りっぽいところですね。
ちょっとしたことで
すぐにイライラしてしまいます。
それで、
まとまる話もまとまらないっていうか、
いつもまわりがピリピリして雰囲気が悪くなるし、
腹を立てると自分がいちばんしんどいし。

あー‥‥わかります。
短気は損気っていうくらいですもんね。

なおせますか?

‥‥
なおしたいですか?

ええ、そりゃもう。
できることなら。

その方法を、
短気なわたしにきくんですね。

え?
ええ。
なおるようなことをブログに書いておられるんで。

う~ん‥‥、
ちょっとそこ誤解なんですけどね。
わたしの言っているのは、
短気をなおそうとか、
怒りを抑えようっていうんじゃなしに、
短気は短気なままでもいいんで、
そのことで自分を嫌いになったりせず、
まわりに感情をまき散らしたりしないように、
怒りやイライラをじょうずに処理できるようになりましょう
っていうことですよ。

怒りは抑えないんですか。

そうです。
抑える
なんていうやり方はしませんよ。
どんなときでも、
できるだけしたくないです。
だってあなた、
抑えられるのってどんな気分ですか。

嫌いです。
めちゃめちゃ嫌い。

でしょ。
短気な人ってね、
ふつうの人よりよっぽど抑えられるのを嫌うんです。
そもそも辛抱するのが苦手なくせに、
怒りは抑えようなんて、
方法論に矛盾があります。

あーなるほど。

逆に、
怒りたいときには徹底的に怒ったほうがいい。

いやぁもう勘弁してください。
そんなことしたら、
まわりじゅう敵だらけで‥‥

いや、
それを人前でやるんじゃなくて、
自分ひとりのときにやって、
いわばガス抜きをしておくんです。
「M2テクニック」ってやつを
覚えておかれるといいですよ。

エムツーテクニックですか?

そうです。
津留晃一さんの本で知りましたけど、
この方法はほんとうに強力です。

津留晃一って、
きくぞうさんのブログによく出てくる人ですね。

そうです。
いまはもうお亡くなりになってますし、
会ったこともありませんが、
わたしにとっては先生です。
その人が紹介しているM2テクニックがよく効くんです。

どんなんなんですか。

「幸せテクニック」(集合人編集局)っていう本に詳しく出てるんですが、
それによるとですね、
M2テクニックには内杉式と津留式のふたつがあるんですけども、
きょうは津留式でいきましょうかね。
ちょっと手を、
こんなふうに組んでみてください。
(※親指以外の指を、
指が内側を向くように交互に組み合わせます。)

はい。
こうですか。

そしたらその指の先を、
こんなふうに胸にくっつけて、
いま腹が立っていることを、
声に出して言うんです。

とりあえず嫁の悪口が浮かんできますけど。

ああ、
それでいいんで、
出しちゃってください。

こっちが毎日くたびれて家に帰ってんのに、
ブスーッとした顔で「おかえり」のひとつも言わないんですよ。
ふざけんなって思いますよ。

ま、
そんな感じですよね。
そういうのがなんぼでもあるでしょ。
いっぱいたまってるはずなんでね。

いつまでやるんですか。

どんどんあるならどんどん出してください。
特にしつこいやつから順番でいいでしょう。
このときね、
ゆっくり両手を伸ばしながら、
たまっている想いを自分のまえに引っぱり出すんです。
指先をじっと見て、
目を離さないように。
肉眼でしっかり見るっていう意識がポイントです。

こんな感じですか。

そうそう。
で、
手が伸びきったところで息を止めます。
目は指先を見つめたままで、
はい、
そこからは何も考えずに、
ゆっくり指を胸に戻します。

‥‥

もう息はしていいですよ。
胸に指がついたら、
確認の意味でクッと押してください。

クッと、
押しました。
これだけですか。

そうです。
それだけです。
よっぽど言いたいことがたまってても、
5分もかかりませんね。
憎しみでも嫉妬でもストレスでも、
心に埋もれている想いを言葉にして出してしまうんですから、
ひとりのときにやり直してみてください。
本気でムカついてきたら、
大声で怒鳴ってもいいですよ。

これって、
どういう意味があるんでしょうか?

そうですねぇ‥‥
ちなみに杉内式のほうは、
声には出さないんですが、
自分の想いを心の中で感じて、
それをゆっくり両手を広げながらしっかり見るんです。
想念を引っぱり出すという意識ですね。

引っぱり出したものを目で見て確認するわけですか。

そうです。
そしたら次は両手をパッと広げて、
宇宙の果てまで拡大させる。

毒をまき散らすんですね?

ああ、
それはいいイメージかもしれないです。
まき散らした毒をしっかり見てください。
わたしたちの脳は、
目で見て認識したものを「自分じゃないもの」と捉えるそうなんです。
自分の外にあるものだと思いこむわけですね。
外に飛んでいくところが「見えた」なら、
その毒は自分から分離されたと同じことです。

大声でわめくだけで、
すっきりすることってありますもんね。

でもね、
出しっぱなしじゃないんですよ。
もう1回それを優しく抱きしめて、
自分の胸にしまってあげてくださいっていうのが、
杉内式のポイントなんですよ。

自分が出した毒を自分に戻すんですか。

そうなんですよ。
どういう理屈なんだかよくわかりませんが、
やってみたらこれがほんとうにテキメンなんですよ、
不思議なくらい。

なんなんでしょうね、
それって。

興味が湧いたんでしたら、
ご自分で本を買って原文を味わっていただきたいんですが、
われわれの出したものっていうのは、
けっきょく自分に返ってくるじゃないですか。

因果応報ですね。
自分のやったことがぜんぶ自分に返ってくるっていう。

そうです。
どうせそうなるんですけど、
それを意識的にやってしまうといいことがあるんです。
津留さんの言葉を借りると、
>小我の放り出したものを大我がキャッチする
っていうことなんですが、
小さい自分が出した毒を、
別モードの大きな自分が受けとめて、
それで汚い循環を終わりにできるんですよ。

「小我の放り出したものを大我がキャッチする」
ですか。
メモですね、これは。

そうです。
いい言葉でしょう。
自分でやらかしたことの責任を自分で取るって感じで。

ほんとうですね。
もうなんだかすっきりしてきました。

ああ、
よかったです。
これは別に怒りだけに使うテクニックじゃないんですけど、
生まれつき短気なわたしたちは、
怒りのために自己嫌悪に陥るリスクが他の人より高いですからね。

まったくです。
まわりからも嫌がられるし。

だから正論を吐くことで、
自分の怒りっぽいのを正当化しようというパターンにはまります。

評論家に多いパターンですね。

そうでしょうね。
他人の弱点を見つけて攻撃するのが特技ですから。

恥ずかしい特技ですね。
いやになってきます。

またそこで自己嫌悪ですか。
そういうのはもうやめましょうよ。
それもこれもひっくるめて自分ですしね。

でもねぇ、
ろくでもないやつを相手に、
青スジ立ててギャアギャアわめいた日にゃあ、
あまりにも情けなくて泣きたくなりますわ。

それを聞いたわたしのほうがもらい泣きしそうになりますけど、
喜怒哀楽の情が激しいってことは、
それだけ人間らしいんだと思うことにしましょうよ。

じゃあ
きくぞうさんには自己嫌悪ってないんですか?

もうほとんどありませんね。
いまでもときどき、
ブチギレてしまうことはありますけどね、
妙に懐かしい感じがするほどで。
キレながらも冷めた自分がもう片方にいたりします。
感情の処理がうまくいかないときは、
努力不足だなぁと痛感することはあってもね、
反省と自己嫌悪はちがいますから。

ああっ、
それもいいですね。
反省と自己嫌悪はちがう、と。
メモしときます。

それに、
むかしはもっとヒドかったっていう事実がありますから、
それに比べたら何百倍もマシなわけで。

何百倍って‥‥そんな、
おそろしいですね。

そこまで短気を極めると、
自己嫌悪なんて無縁の世界ですよ(笑)。
それどころか、
他の人はなんとも思わないのに、
なんで自分は腹が立つのかっていうことと向きあっていると、
いろいろ自分のルーツがわかっておもしろいんですよ。

ルーツ‥‥ですか。
そんなふうに考えたことはなかったですねぇ。
いやなことばっかりで。
短気で得したと思うことなんて、
ひとつもないでしょ。

いやいや、
まんざらそうでもないですよ。

たとえばどんな?

自分が短気だっていうことは、
まわりの人たちはみんな自分より気が長いわけでしょ。

そうですね。

だから
まわりがすごく優しくて穏やかに見える。
「へ~っ、そんなふうに許せるのか、
すごいなぁ~」
って、
心の底から感心してリスペクトしてしまいますよ。

気が長すぎてバカに見えません?

たしかに(笑)、
以前はそうでしたが。
いまはリスペクトのほうが勝ってます。
あなた、
死刑制度に賛成でしょ。

え?
ええ、
まあそうですね。
どうしてです?

そりゃあ気の短い人は、
まわりが自分を怒らせてるっていう意識が強いんで、
世間に対する不満が大きくて、
けしからんやつに罰を与えたい気持ちも大きいんですよ。
正義感とは別の次元で信賞必罰なんですね。
ところがそれが、
自分と他人はちがうってことがわかるにつれ、
罰を与えることでは変えられないこともわかってくる。
許せる幅が広がってくるんですよ。

それはなんとなくわかります。
ぼくはまだまだ他の人より許せない幅が広いです。

「許せない幅」ね、
いいですね。
そういうところは大事にしてください。
すべてを許しましょう
なんて、
そんなきれいごと、
ウソくさくっていけませんよ。

そうですよねぇ。
許せないヤツらは許せないままでいいですよねぇ。

いや、
それはわたしが決めることじゃないんですけど、
いいでしょ。
だんだんその幅が小さくなってたらいいでしょ。
それが成長してるってことになるんだし。
もうどんな理屈をつけても許せない行為や、
許せない態度っていうのはあっていい。
「こういう連中は断じて許さない」っていう線を決めておけば、
他を許しやすくなったりしますしね。

きくぞうさんが
ぜったい許せないヤツってどんなヤツです?

わたしはそんなのないですよ。
観音菩薩のような心持ちで、
すべてを許してますから。

ええっw(゚o゚)w!?

やられたらやり返す──半沢直樹の倍返しに思う

ドラマ「半沢直樹」最終回。
ここまでの平均視聴率は35%を超え、
テレビドラマ史に名を刻むヒット番組になりそうです。
ふだんテレビを見ないわたしが、
一話完結型じゃない連続ドラマを放送日ごとにマメに見るなんて、
いったい何年ぶりだか思い出せないくらい。
おもしろかったですねぇ(≡^∇^≡)
原作は池井戸潤。
わたしが過去にこのサイトで取りあげた唯一のテレビドラマ
「空飛ぶタイヤ」を書いたのもこの人です。
そこへ主役が堺雅人だっていうんで、
第1回めから楽しませていただきました。
ストーリーは単純明快な勧善懲悪モノ。
漫画チックに描かれる大げさな表情と
眼ヂカラあふれる睨みがコミカルにシリアス。
そして追いつめられた半沢の決めゼリフがこれ。
>やられたらやり返す。
>倍返しだ!

なーんて、
スカーッとしますよね。
しかし!
ところがどうですか今日の最終回、
この最後の最後のオチは!
この結末を見て、
>やっぱり正直者はバカを見るんじゃないか!
とか
>もう何を信用していいかわからない!
とか
そんなふうに感じた方も多いのではないでしょうか。
(ё_ё)
今日のテーマは「仕返し」です。
この最終回を見て、
わたしは自分の復讐を思い出してしまいました。
もう浄化したつもりで、
すっかり忘れていたんですが、
実はわたし、
恨み殺しにしたヤツがいるんです。
つい2年ほどまえのことです。
わたしの恨んだヤツはあっけなく死にました。
ざまあ見ろって感じですがね。
>やられたらやり返す
なんて、
やめといたほうがいいですよ。
相手のことを純粋にアホだと思うなら、
物理的にも心理的にも関わりを断つことだけに専念しましょう。
さっさと忘れちゃうほうが利口なんです。
思い出してムカつくだけでもエネルギー使うんですから、
二重、三重の愚かな浪費です。
でも、
このときだけはちがいました。
殺すリスト
に誰かの名前を載せるなんて、
これが最初で最後でしょうね。
×××××××××××××××××××××××××
ぜったいに許せないヤツをどうするか。
殺したいほど誰かを憎んだ経験がないあなたは、
ここから先は読まないほうがよろしいです。
男女の色恋沙汰なら少しは見せ場もあるでしょうが、
わたしの相手はハゲでデバラのキモいジジイです。
汚い話になるのはまちがいありません。
きれいごとなんて言いませんから。

×××××××××××××××××××××××××
これは、
中小企業家同友会の名の下で起きた殺人事件です。
‥‥というと大げさかもしれませんが、
わたしの怒りはハンパじゃなかった。
その男が死んだ翌日、
ある人が電話をかけてきてひとこと、
>おまえが殺ったんやろ?
って。
わたしは大笑いしながら答えました。
>そうですよ。
>やっぱりバレましたか。

って。
となりで社員が苦笑してました。
わたしがどれだけそいつを毛嫌いしていたか、
よく知っていたからです。
(|||_|||)
事の発端は2004年。
わたしの会社の周辺で不穏なことが続いた。
たとえば、
とつぜんの解約通告。
成約してまだ数か月しかたってないクライアントから、
いきなり呼び出され、
詐欺よばわりされたあげく、
ただちに契約を打ち切りたいと。
なんせ話の筋道がさっぱりわからない。
先方のオフィスを出て車に戻ったとたん、
わたしと同行していた女性社員がワッと泣き出したくらい。
なんとも意味不明な屈辱。
わたしが詐欺とは‥‥ね。
かと思うと、
クレバーな別のクライアントからは電話で
>キミのところ、
>だいじょうぶなんか?
>セキュリティ問題とか、
>いろいろあるやろ。
>具体的にどんなふうに危機管理やってるか、
>レポート出してくれへんかな。

などと。
急に態度がおかしくなった顧客はいずれも、
中小企業家同友会の先輩会員。
わたしは当時、
まだ入会した直後で、
例会等もあまり顔を出しておらず、
同友会がいったいどんな会なのかあまりわかってない状況。
当社の信用を貶めるに十分な誹謗中傷を満載した、
いわゆる「怪文書」みたいなものが出まわっていたことを、
わたしはあとで知ることになります。
怪文書をばらまいたのは、
KYソフト株式会社(仮称)代表取締役の中田与太吉(仮名)。
こいつは真性のアホなのか、
よほどウチを侮っていたのか、
調査レポートという体裁で自分と自分の会社の実名をちゃんと入れて、
当社の開発したシステム上の不備を10ページ近くにわたってあげつらっていた。
いわく──
>デザインは幼稚でお粗末
>料金体系は悪質でユーザーが地獄に堕ちるのは明らか
>基本的なセキュリティ対策も施されていない
>メール爆弾に狙われたらおしまいだ
>他社(○○社)なら約○○円で代替可能

‥‥等々。
調査レポートにこんな汚らしい語句を並べるだけでもどうかと思うが、
当時このアホは、
中小企業家同友会に所属するIT関連の同業者を集め、
「ITソリューション協議会」(仮称)なる業界団体を立ち上げて代表理事になっていた。
で、
同友会の機関誌に協議会の広告を載せたりして、
「ホームページ診断」とか「システム診断」という名目で、
会員を対象に無料サービスを実施していた。
この「診断」ってやつがくせ者で、
実名入りの調査レポートを堂々と作成できた理由はそこ。
診断依頼があったなら調査という行為は正当化される。
威力業務妨害で訴えられたとしても争えるでしょう。
そうやって自分の気に入らん業者には難癖をつけ、
系列の業者に乗り換えさせるのが常套の手口だったのかどうか。
そこまでの裏は取れてないが、
ウチ以外にも少なくとももう2社、
この権威ある「ITソリューション協議会」に煮え湯を飲まされた弱小業者がいた。
KYソフト社は、
ITバブルに乗じて大きくなったんだかどうなんだか、
社員数は30人近くいた(ピーク時にはもっといたのかも)らしく、
まぁ同業者からも一目置かれる存在だったようだ。
代表の歳はわたしより3つほど上。
ハゲでデバラで銀ブチ眼鏡のキモい大男だ。
思い出すだけで吐き気がする。
しかしあっちから見れば、
ウチなんて個人事業に毛が生えただけのハナクソみたいな存在だったんだろう。
初対面も同友会の勉強会でだったが、
わたしが名刺を差し出してあいさつしたとき、
「ああ」と言って受け取っただけで目も合わせようともせず、
自分の名刺を出すこともなく、
名乗ることさえしなかった。
なにぶんこっちは同友会に入りたて。
ちょっとまごまごしていたので、
あいつに対しても「なんやこいつ、感じの悪いおっさんやな」
くらいの印象しかなかった。
>あれは誰なんですか?

まわりの人に尋ね、
そこそこエラい人なのだということがわかった程度。
ところがそのときすでに、
あっちはわたしのことを知っていたのだ。
知っててシカトしたってことだ。
怒髪天を衝くとはこのことよ。
なんでそいつが怪文書の主だとわかったか──。
それは簡単。
実物を見ましたから。
わたしを詐欺よばわりして解約を申し出た会社とのあいだで、
事後処理が終わったころ、
解約に及んだ根拠(=詐欺の証拠)として、
天下のKYソフト様が作成された調査レポートがFAXで送られてきたんです。
>こんど電話かけてきたら営業妨害で訴えます
などという
物騒なメッセージ付きで。
中田はどうせ、
ウチなんて簡単にひねりつぶせると思ってたんでしょう。
そういう尊大な相手とケンカするなら遠慮はいらんじゃない。
事情がわかったからには気持ち悪いもクソもない。
KYソフト社の単独犯行か、
それともITソリューション協議会はみんなグルか。
>ほぉ、
>中小企業家同友会っちゅうとこは、
>こんなえげつないことをさらすんかい。
>いますぐ辞めたってもええねんけどな、
>泣き寝入りも悔しいし、
>このクソガキだけは、
>絶対に承知せえへんぞ。

‥‥と、
そう決めました。
後に天風哲学に出会い、
「怒らず恐れず‥‥」の誓いを立てることになるわたしですが、
これはそれよりまえのこと。
修行不足のため、
「殺すリスト」が無効になることはありませんでした。
じゃあわたしが、
こいつに仕返しするために、
なにか直接的な攻撃を加えたかというと、
そういうことはありません。
なにひとつ行動に移すことはない。
わら人形とかも、
なし。
殺すつぶすも、
すべて想念の世界での話。
>あの汚らしいクソガキだけは絶対に許さんと決めてますから
と、
事あるごとに周囲に漏らしていただけ。
ただ、
顔を合わすとムカつきますから、
徹底的に避けてた。
中田とわたしは同友会の中でも所属する支部がちがったので、
ふだんの例会やブロック会で顔を合わせることはなかったんですが、
同友会には支部を越えた勉強会もあります。
なので、
>あいつが出てくるところにはわたしは行きませんから

言い続けて決して近寄らなかった。
こんなこともありました。
実はKYソフト社は、
代表の中田ともうひとり、
ナンバーツーの専務も同友会に入会させていた。
営業が目的の2名入会です。
それを知らなかったわたしは、
ある会合でその専務にあいさつされ、
名刺を受け取って「げっ!」と驚いた。
もちろん、
こちらは知らん顔して名刺も渡さず名乗りもせず、
すぐさま退席したのは言うまでもありません。
いつかあいつがわたしに対してやったようにね。
ところがそれからしばらくして、
この専務が脳梗塞かなんかで倒れて長期入院。
とうとう最後まで復帰することはなかったのですが、
そのときもある人から
>おまえの仕業やろ?
っていう電話がかかってきました。
たぶん、そうです。
ちょろちょろ出入りして目障りだったので、
何回も睨みつけてたし。
かなり恨みの波動を浴びせたんでしょう。
想念は現実化するものですから、
それが専務を病に追いこんだんだと思います。
ただし、
わたしひとりの想念だったかどうかはわかりません。
他にもあの会社を恨んでいた人はいたわけですから。
もっとも、
ナンバーツーが消えたくらいでは、
わたしの恨みはおさまりません。
決定的に「ざまあみろ」な出来事は2010年に起こります。
そのころわたしはITの実績で、
何年か続けて国から表彰されました。
経済産業省から感謝状をいただいたり、
局長賞をいただいたり。
管轄の経済産業局が主導するプロジェクトに協力して、
そこでも表彰されたりとか。
ハナクソみたいな零細企業にとっては、
ありえないくらい光栄なことです。
その表彰を祝うセレモニーのひとつに、
中田のクソガキが現れた。
セレモニーを主催していたのは経済産業局の外郭団体。
中田はさすが協議会代表のエラいさんだけあって、
ご招待でもされましたかなぁ。
それならスミっこで酒でも食らってりゃいいものを、
なにを血迷ったかこのクソガキ、
わたしに近づいてきたかと思うと──
>おめでとうございま‥‥
おいおい、
冗談やないで!

どのツラ下げてわたしに言葉をかけられるのか?
かつて自分が貶めようとした相手になんで気安く挨拶できるのか、
その厚顔無恥としか言いようのない無節操ぶりはまったく理解できないが、
わたしのほうは勿論完全無視。
相手の最初のひとことが言い終わらないうちにサッと踵を返し、
とっととその場を立ち去りました
とさ。
あれほど鋭く身を翻したのは人生最速だったでしょうね。
なんせマジにキモチ悪かったもんでね。
あまりにも露骨にシカトしたもんだから、
いっしょにいたウチの社員もビビッてましたが‥‥ε=( ̄。 ̄;)
そのころになると、
あいつの会社の悪い評判が耳に入ってくるくらいになっていて、
気持ちの中ではすっかり見返していましたが、
やられたらやり返す
あらためてその痛快さを味わいました。
ばかたれがーっ!
‥‥って感じで、
せいせいしましたね、
このときに、だいぶ。
(ё_ё)
さて、
こんな汚い古い話、
あなたがたにわざわざお伝えしてなんになるのか?
ひとつ価値があるとしたら、
それは
感情の取り扱いについて
でしょうか。
怒りとか恨みとか憎しみとか、
そんなろくでもない感情を、
何年も何年も後生大事に抱えている。
それってどうなのよって話。
いまではわたしも、
感情の取り扱いがだいぶ上達してきまして、
消したい感情は消せるようになってきた。
暴れまくる怒りには、
若いころずいぶんと苦労させられましたけども。
そんな時代を経て出した結論は──
消すとか消さないとか、
浄化するとかしないとか、
それは自分の自由選択なんだ、

と。
その気になりさえすればきれいに跡形もなく消せるんだけど、
消さないで置いておくと決めたなら、
そのことで自分を責めたり自己嫌悪を感じたりしない。
どんな感情でも自分から出たもんなら大切にする。
歪んでいるかもしれないけれど、
それも自分に対する愛情
自分の身から出た感情を大切に扱うことが自分を大切にすることでもある。
変に抑えるより正直にやろう。
自分自身の感じ方を自分が守ろう。
そうすれば他人の感じ方も尊重できるようになるだろう。
死刑にしてほしいヤツがいるなら、
誰にどう思われてもそう言おう。
許すか許さないか、
それは自由選択なんだ。
許そうとしているのに許せないのとは意味がちがう。
わたしは、
あのクソガキは絶対に許さないと決めた。
「殺すリスト」から削除することは最後までなかった。
そしたら2011年10月30日、
とうとう死にました。
たぶん53歳‥‥か54歳で。
くも膜下出血であっけなく。
それでもまだ許してないと言ったら、
わたしのその態度を非難する声がまわりから聞こえてきましたが‥‥
やかましいわ。
こっちはあのクソガキの墓石に小便かけてやりたいくらい、
どこまでも許さないと決めている。
不謹慎とか大人げないとか、
そんなレベルの話ではない。
「殺すリスト」とは別に「つぶすリスト」っていうのも作ってあったのでね。
そしたらあいつの会社、
嫁が引き継いで1年くらいはごちゃごちゃやってましたかねぇ。
息子も社員になっていたそうですが、
けっきょく協議会からも名前が消えました。
そこから先は知りません。
もう何も情報が入ってこなくなりましたから。
はい。
これでもうおしまいです。
リストはおしまい。
わたしの心の中の汚い感情は、
もうこれでおしまい。
もう他に汚いところはありません。
心に大量の塩を蒔きましたし。
たったこれだけしか恨みのネタがないなんて、
とってもおめでたいヤツなんですね。
キレたら止まらないようなところは確かにありますが、
ときどきガーッと腹を立てることがあったにしても、
すぐに忘れる。
竹を割ったようにスパッとね。
忘れるのも早い。
まわりは迷惑でも本人はいたって上機嫌。
今日を最後に、
このクソ話を思い出すこともないでしょう。
あのアホが成仏しようがしよまいが、
どうでもよろしい。
‥‥(。・・。)
では、
こんな汚らしい話の最後に、
ひとつ感謝の気持ちとお礼を──
KYソフト社の作成した怪文書
いや、
当社に対する誹謗中傷を並べ立てたくだらない調査レポートは、
04年当時、
同友会内でけっこう多くの会社に出まわったらしいです。
それでも解約が1社に止まり、
つまらない風評が広まることもなかったのは、
わたしをかばって火消しにまわってくれた人がいたからだ、
と、
これも後になって聞かされました。
>彼にかぎってそういういい加減なことはありませんよ。
>あの会社はちゃんとしてます。
>だいじょうぶ。
>わたしが保証しますよ。

ってね。
キレた心がキレっぱなしにならず、
きちんと人格を磨いてやり直そうと思い直せるのは、
こういう情け深い方々の愛情のおかげ。
ありがとうございます。・゚゚・(T_T)・゚゚・。

怒りのコントロール

怒りのコントロール

どこまでやるか、
もう少し正確に整理しておきたい。
けっきょく怒りは消せるのか。
はっきりしておきたい。
まえに感情を消す話をしたんだけれど、
どうもまだ言い足りない。
なんか、
ごまかしてしまった気がして、
すっきりしない。
怒りは特別だ。
あなたにとってはどうか知らないが、
わたしにとっては別格のもの。
だから、
感情にもいろいろあるが、
中でも怒りについては、
もう少し深彫りしないではいられない。
少し怒りながら話そう。
さあ、
いままた腹が立ってきた。
できればあなたにも
怒りを呼び出してみてほしい。
感情的な怒りのベースには不安がある。
不安という土壌で怒りの感情がくすぶる。
だから怒りっぽい人というのは、
気が小さい人。
弱い犬ほどよく吠える
ってやつだ。
あれがどうなったらどうするんだと気になってしかたがない。
神経が過敏で、
なにがどうなってもすべてだいじょうぶ
──という絶対の安心感とひとつになれない。
そんなことくらい、
言われなくてもわかってるな。
チクショウ、
オレもあんたも弱い犬ってことだね。
キャンキャンうるせえわ。
このサイトを始めるまえの5年間くらい、
うまく怒りをコントロールできていた時期がある。
まわりの人たちへの感謝の気持ちがあふれ、
腹の立つことが激減していた。
>ずいぶん丸くなったもんやな。

まわりから冷やかされて照れくさくなることが増えたほど、
自分にとって、
怒りがあまり問題にならなかった。
そのころは、
修行にも日々熱心に取り組んでた。
安定打坐クンバハカも数え切れないくらいやってた。
思考を止めて静かに想念観察していた。
感謝に満たされてしあわせすぎる毎日だった。
小食も習慣になって、
体重はマックスから13キロ落ちた
かつて読売ジャイアンツの黄金時代を築いた名監督、
川上哲治が言ったとされている(実際はちがう)有名な言葉に
>ボールが止まって見えた。
っていうのがある。
これといっしょ。
心の調子がいいときには、
怒りの球が飛んでくるのが止まって見える。
>あ、
>もうまもなく腹が立つことになるんだね、
>オレは。

って、
すごくゆっくりわかる感じになるんだから、
つまり刺激と反応のあいだのスペースが広くなるんだから、
怒った次にどんな感情表現をしたらいいもんか、
ゆっくり選べるわけだ。
ああ、
もうこのまま温厚な性格に
自分が生まれ変わってしまうのか‥‥


思ったりもした。
そしたらちょっと気が緩んだんだね。
ダイエットと同じで、
心のお手入れにもリバウンドがある。
折しも自社の業績が芳しくなかった。
得意先の倒産や解約が連発。
数字を見るたびに「危機」の2文字が頭に浮かんだ。
そんなときにかぎって
仕事のできないややこしいやつが入社してきたりして、
会社がゴテゴテと混乱した。
Shit!
腹が立つ。
そして‥‥腹が出た。
怒りの復活はエゴの復活。
欲望のコントロールも鈍くなり、
飲み食いが荒っぽくなって太ってしまった。
バカ野郎。
×××××××××××××××××××××××××××××××××
ここから先は、
自分の怒りで苦しんでいない人は読まないほうがいい。
ふだん他人の怒りで苦しめられている人は、
特に読まないほうがいい。
消極的な言葉がたくさん出てきて、
あなたを不愉快にしてしまう恐れがある。

×××××××××××××××××××××××××××××××××
せっかくおとなしくなってたのに‥‥。
毒蛇のようなエゴには、
まだ息があった。
解体の途中で御赦免になり、
そのまま奥深くで生息して傷を癒していた。
──そんな感じ。
タチが悪いんだよ、
わたしの中のエゴってやつは。
キレるとなかなか制御できない。
怒り「抑えよう」としても
うまくいかない。
それははじめからわかってたことだ。
消滅させるしかない。
吹き出してしまってから消すのでもいいけれど、
できれば沸き起こるまえに消してしまったほうがいい。
きれいに成仏していただく。
怒りの主、
エゴは解体する。
そして不安を根絶やしにする。
いいところまで追い詰めたんだが、
最後のところで取り逃がした。
しかし、
方法はまちがってなかったと断言する。
理屈じゃないんだ。
虹色のエクスタシーに全身がつつまれ、
歓喜の渦の中で生きるとき、
怒りはすっかり忘れ去られる。
それがいったいどんな感情だったかさえ、
もう思い出せない。
物心ついたころから、
30年、40年にわたってずっと、
自分と一体、
我そのものだった怒りの感情が、
どこにもなくなってしまった境地に至る。
すべてよし。
どこにも問題なし。
‥‥にもかかわらず、
あるとき何を血迷ったかオレは怒りを選んだ
その瞬間をよく覚えている。
あ、
こんな円熟味のある人格もいいもんだけど、
まだちょっと、
怒っていたいな‥‥と。
もうしばらく、
怒りん坊のオレは怒りん坊のオレらしく、
たまにはブチギレさせてほしいな‥‥と。
そう耳もとでささやいたのはエゴさんだったかもしれない。
わたしはまんまと計略に引っかかったのかもしれない。
それならそれで修行が足りなかったというだけのこと。
とにかく、
もうひとりの自分と相談して決めた。
まだオレは怒る
と。
ちょうどこれは、
それまで肉しか食わなかった野獣みたいなヤツが、
急にベジタリアンに転向して野菜しか口に入れなくなると、
ダイエットが順調に進んで目標体重を達成してしまったので、
じゃあせめて鶏肉だけでも食べていいことにしようかと方針変更し、
また肉を食べることを自分に許そうとする言い訳がましい感覚


近かったかもしれない。
これを執着という。
もうちょっとだけ、
わがまま言わせてくれ、と。
まだオレは怒っていたいんだ、と、
自分が自分に言ったんだ。
いまいましい相手を許す技術も知っているし、
もうぜんぶ許してしまってもいいんだけれど、
もうちょっとだけ暴れときたい。
ガキのおふざけみたいなもんでいい。
ギタギタしていたい。
おとなしくなりたくない。
過去はもうすっかりぜんぶ浄化したんだが、
やっぱり名残惜しくて浄化しきってないゾーンが残っていたのかも。
ただ、
同じ怒るんでも、
以前の怒り方とはちがう。
自分の怒りが見えている。
>ああ、オレ、
>いま怒ってるな。


わかって怒る。
自分が何に腹を立てるか。
何が理由なら怒る自分を自分で許せるか。
そういうポイントをわきまえて、
怒る筋道を通してから怒る。
やっぱり嫌いなんだな、
思い上がったヤツが。
>生活安定してます。
>大きな会社に勤めてます。
>お給料いっぱいもらってます。
>あなたがたとは家柄がちがいます。
>育ちがいいんです。
>子どもたちもいい大学に入れたんです。
>それが規則ですから。

‥‥みたいな。
わたしがブチギレる相手は
だいたいがこういうタイプ。
守られて、
ぼんやりぬくぬく育ってきやがって。
言動の端々に上から目線が臭う。
決められたセリフを決められたとおりにしゃべるしか能がない
操り人形みたいなヤツを見ていると、
赤っ恥をかかせてやりたくなるんだな。
いたずら心が止まらない。
元気よく
ブチッ!
や。
>よっしゃ、今日も元気いっぱい、
>ええ感じや。
>気位の高いこういう中途半端なエリートはなあ、
>ちゃんと指導してやらなあかんからね。
>いつもながら、
>オレは鋭いとこ突くで。
>反論できるもんなら来い。
>ボケが能面みたいなツラしやがって。
>おもろすぎるわ。

罵倒されても無表情なヤツは薄気味悪いけど、
まんざらでもない。
まわりの人には騒音で迷惑かけてるかもしれないけど、
内側ではわりと静かにブチギレてる。
こういう四角四面なルールにしばられた退屈な連中に、
わたしと同じポイントで腹を立てている人は少なくない。
>なんかコンプレックスあるんですか?
って、
きかれたこともあるよ。
そうかもしれない。
わたし自身、
自分の意思とは関係なく、
人並みに受験勉強して、
そこそこいい大学を出てそこそこいい会社に入った。
自分で決めたようで、
自分の意思とは関係なかった。
そんな人生を歩まざるをえないような気になっていた。
わたしが22歳まで親のスネをかじっているあいだ、
親友のKやらSはもうずっとまえから働いていた。
Sは高校を中退、
Kは定時制の高校に通いながら。
なんか申し訳ない気分になると同時に、
自分が世間知らずになっていくような気がした。
実際のところ大学は退屈でしょうがなかった。
わたしみたいなのを地頭(ぢあたま)が悪いっていうんだ。
だからね、
決められたレールの上から初めて脱線したとき、
つまり、
大学を出て最初に入った会社を辞めたとき、
そこでやっと自分の人生を取り戻すキッカケをつかんだ気がした。
でも
しばらくは食えてなかった。
自分のやりたいことがなんだかさっぱりわからないし、
なりたい自分がどんな自分かもわからない。
そんな苦しい時期がかなり長く続いたけれど、
独立して自分の会社をつくったとき、
初めて自分の人生を自分で決めたんだと思うわけ。
いまはしあわせですよ。
100%以上まちがいなくしあわせ。
どうにもこうにも楽しすぎる毎日です。
じゃあなんでまだ腹が立つか?
思い上がったヤツを見ると噛みつきたくなるのか?
腹が立ってもその気になりゃ消せるっていうのに、
なんでわざわざ怒るほうを選ぶのか?
なんででしょうね?
悲しくなるからかな?
一歩まちがってたら、
オレもこいつらみたいな無表情になってたかと思うと怖いしね、
なんだかかわいそうにもなってくる。
気持ち悪いというか滑稽というか情けないというか。
なんなんだおまえらは!
と、
大声で怒鳴らずにはいられない。
でも
そいつらはたいていシラーッとして
>なぜあなたにそんなこと言われなくちゃいけないんですか?
ってな顔をしてやがるもんだから、
あとはもう罵詈雑言、
Vシネマでチンピラが借金の取り立てのときに使うような
お下品なセリフを並べ立てることになるわけですよ。
育ちが悪いのはたしかなのでね。
あんたらの目にはオレは野蛮人に見えるかもしれないな。
よかったよ、そんなんで。
親が中途半端なエリート育ちだと、
子どもももやしみたいで、
度の強いメガネかけて色白で、
>勉強はできますけど勉強しかできません。
って顔してるでしょ。
これはもう
絶望的に価値観が異なりすぎて如何ともしがたい。
ヘドが出そうになりますよ。
ああ‥‥でも、
ほどほどにしとかないと言葉の暴力だけで訴えられるかもだ。
とにかくそんなわけなので、
自分で自分を正当化して、
腹を立ててしまっても反省しないゾーンがある。
ダイエット中なのにガッツリ肉を食ってしまう
のと同じなんですよ、
これは。
だっておいしいもの。
心が執着に負けてるんです。
ベチョベチョにからみとられている状態。
わかっちゃいるけど‥‥
ってやつね。
やせたい気合いが心に充満しているときは、
肉汁のおいしい感覚さえ忘れてしまいます。
>野菜を食べたらやせられるんだよ。
>夢のダイエットがこれでやっと成功するんだよ。

っていうメッセージが絶え間なく発信されると、
野菜以外のものは脳に浮かばない。
暗示の力っていうのはことほどさように大きいんです。
それと同じで、
うれしい、楽しい、しあわせだ、
幸運だ、ありがたい‥‥、
そんな喜びで心が充満してしまうと、
怒りなんて根っから忘れてしまうんです。
やめようなんて思わなくても、
はじめからそこに選択肢がない。
ちなみにわたしはタバコを吸わないんですが、
吸わない人にとってみたら、
タバコをやめようなんていう決心は必要ない。
禁煙に成功して何年も経った人ならわかると思いますが、
吸いたいという気持ちがはじめから湧かない。
我慢はしない
っていうニュアンスを、
わたしがしばしば強調する意味はそこなんです。
セックスを断てば悟りが開けます
──みたいな、
おかしな宗教があったとしてですよ、
たとえそれがほんとうだったとしてもですよ、
いやなんですよ、まだ。
いまはまだ捨てられない。
もうあと何年か経てば、
もういいかなっていう時期が来るかもしれないけども、
まだいやだな。
ね、
そういうことって、
あるでしょ。
お肉も食べたいしセックスもしたい。
それと同じようなもんで、
もうちょっと腹を立てていたいんです、
わたしは。
──とまぁ、
長い話におつきあいいただきまして、
ありがとうございます。
これで怒りを正当化する気は毛頭ありません。
いまは小休止です。
またいずれ怒りと本格的に向きあう日のための、
これは傾向と対策です。
あなたもあなたなりに
怒りのトリセツ(取扱説明書)
ってもんを作っておかれたらいいでしょう。
むやみに自分を責めることはありません。
怒りは完全にコントロールできます。
ここでこんな長文を書いてしまったのも何かのタイミングでしょうから、
わたしはそう遠くない将来、
次はリバウンドのない、
完全なコントロールを達成して報告します。
わたしにできてあなたにできないことはない。
だから、
坐ってください。
とにかく坐るようにしましょう。
1日にたった10分か15分ほど坐るだけのことができないのに、
他のことを計画する意味はありませんよね。
どんなにゆるんでも、
たとえグダグダであっても、
とにかく坐る。
キーポイントは
雑念妄念の払拭です。
ごろっと寝ころんでしまうまえにまず坐る。
いったん坐る。
無念無想
──きのうまでうろちょろしていた心が、
まるで港に錨を下ろしたように、
ずしっと動かなくなる。
「いま、ここ」に心がとどまる。
そうすると客観的に怒りさんが見えるようになりますので、
あとはわりと簡単に扱えますよ。

カッカしたときは

怒りは光の速さでやってきます。
プチッ
それは
一瞬で起こります。
刺激に対する反射的な反応ですから、
>はい、
>ここで深呼吸。

なんて不可能。
あまり気が短くない人の無責任なアドバイスです。
そんなこと思うヒマもスキもない。
心がければ心がけるほど傷が深くなるだけです。
カーッとなったら止まらない。
それが短気。
>なんでそんなことで怒るのよ?
>バカじゃないの?


責められたところでどうしようもない。
ますます火に油を注ぐだけ。
プチプチッ‥‥
怒りっぽい人の気持ちはほんとうのところ、
同じように怒りっぽい人にしかわかりません。
いや、
怒りっぽい者同士でも、
カッとなるポイントがちがうからやっぱりわからないのかも。
孤独です。
そしてやっぱりまた今日も‥‥
ブチッ!!
┐(-。-;)┌
怒りへの対処法には
タイミングごとに3つの段階があります──
  1. はじめから腹が立ちにくくするためにふだんから心の掃除を入念にする
  2. いままさに腹が立ちそうという現場で神経反射をコントロールする
  3. 腹が立ってしまった後できるかぎり早く怒りを消滅させて次の波を防ぐ

──です。
部屋にガスが充満していても、
それだけでは爆発は起こりません。
マッチを擦っただけでも、
それだけでは爆発は起こりません。
ガスマッチ
原因はその両方にあるのです。
部屋にガスが充満していることがわかっているなら、
そっちを優先して解決しようとするのは自然なことです。
どんどん換気してガスを薄めたらいいでしょう。
意識の向けどころはいつも自分自身の想念です。
ベースにある原因は
ネガティブな想念
なのです。
「できないかもしれない」「うまくいかない」「おかしい」
「やばい」「このままではいけない」
‥‥、
言葉にすればいろいろあるようでも根っこはひとつ。
「足りない」あるいは「足りなくなる」恐れがあることを疑ってください。
いつでも
怒りは恐れから生まれる
のです。
ネガティブな想念は、
裏にあり、強くあり、ずっとあります。
こそが気づきのチャンスです。
ネガティブな想念に従えば──つまり腹を立ててしまっただけで──
そのネガティブ性が強められるのですから要注意です。
換気がうまくできるようになってきたら、
こんどは火花も見張るんです。
いくらガスが薄まったとしても、
マッチを擦ったら爆発が起こります。
たとえ爆発が小さかったとしても、
カーペットに燃え移った火が燃え広がってしまうでしょう。
きっかけはいつも、ほんのささいな、
一瞬のできごとです。
「チェッ」とか「クソッ」っていう
舌打ちひとつでも厳しく見張るんです。
以前なら見逃していた反射的な反応にも、
感じる能力がアップすればこれからは気がつくでしょう。
爆発が起きても火が燃え広がるのを防ぐ手段として
神経反射の調節法というのがあるんですが、
これについてはまた別のところで説明します。
日常のちょっとしたことでムッとしたりカッカしたり、
不快な感情が起こったときというのは、
実は気づきのチャンスなんですよね。
以前、
パラドキシカルな対処法の中で紹介しましたが
いちばん思いどおりにならないときが、
いちばん大きな気づきのチャンス

なんです。
手放すべき価値観がそこにある
ってことを
教えてくれているようなもんじゃないですか。
誰かに何かを言われて腹が立ったとして、
相手がどうだから
とか
言い方がどうだから
というほうに意識が向いてしまうとややこしいことになるんですね。
おまけに、
>なんでオレはまた
>つまらないことで腹を立ててしまったんだろう‥‥

とか
>どうしてあんなひどい言い方をしてしまったのか。
などと、
うじうじ気に病むってことは、
その不愉快な感情と自分とがいつまでもくっついて一体化してしまってるってことで、
それは執着以外の何物でもないわけなんですねぇ。
不快な気分になったら‥‥
なんでそんな気分になったか、
まずその理由に意識を向けてみます。
原因は相手にあるのではなく
100%自分。
自分の想いにある

気づきましょう。
そして、
そんな気分を抱かせる元になっている価値観を点検してみます。
大事にしたい価値観ならしがみついていてもいいんですけど、
たいていは不要な価値観のはずだから、
それはさっさと手放す。
とりあえず、
たったこれだけのことなんですがね。
だったら
感情のほうはあるがまま
っていうのも理解していただけるのではないかと。
ここで、
価値観を手放す
なんて表現が、
またわかりにくかったりするわけですけども、
まぁ要するに、
手っとり早くブチ壊すには、
いままで信じていたのと反対の価値観に基づいて行動するのがよろしいです。
>やりかけの仕事をほうりだして
>プライベートな用事を優先するなんて
>とんでもないやつだ。

という想いがあったとしたら‥‥
>ま、
>納期にまにあわないと決まったもんでもないし、
>あしたできることならあしたにまわしてもいいのかもなぁ。
>よし、
>ワシも今日は久しぶりに飲みに行こ。

‥‥てな具合に
ひっくりかえしてしまう。
つまりこれは、
これまでと違う行動パターンを選択するチャンス
でもあるわけなんですね。
そう考えると毎日がチャンスだらけで楽しくないですか?
──はい、今回は以上。
これはまだまだ入門編、
ガス抜きの一例です。
怒りとの気長なつきあいはまだまだ続くんですなぁb(⌒o⌒)d