HOME > 社長になりたい若ゾウたちへ > 1-独立とはなんだ >

起業の動機

I was born in a crossfire harricane.「ジャンピンジャックフラッシュ」(M.Jagger/K.Richards) から(以下同様)

はじまりは、
まあだいたいそんな感じでええんちゃうかな。
はじめから成功を約束されたテカテカの人生もあるにはあるやろうけど、
オレは興味ないわ。
いまさらマネできるもんでもないし。
ろくでもない生まれ方、
はみだした育ち方。
I was raised by a toothless, bearded hag.

傷つけられてアザだらけ、
痛みを引きずりながら生きのびた。
みじめでござる。
さいわいわたしは、
ものすごく貧乏な暮らしはしたことがないので、
お金がないってことがどれほどみじめなことか、
知らない。
わたしがまだ5歳にもならないころ、
実家でやってた町工場がつぶれて、
たいへん貧しい時期があったと、
まわりまわって耳にしたことがあるが、
そのことを親が聞かせてくれたことはない。
親はお金に対する執着も苦労も見せず、
あるんだかないんだかわからないくらいだったけれど、
出してくれと頼んだお金は出してくれたし、
お金に意地汚いところを見たことはただの一度もない。
中学校に入るころには家も建て替わり、
あくまで田舎の水準でだが、
どっちかというとお金持ちの部類になった。
おかげで、
たぶんわたしもお金にはいやらしくない。
いくらもってるかに関係なしに、
しみったれたヤツだとは誰からも思われてないはず。
貸したカネを回収できなかったことは過去に2度あるけど、
返さなかったことは一度もないし、
いまでも会社は実質無借金でがんばっている。
親父が死んだとき、
相続放棄という手続きをしたが、
分けるほどの財産があったのか、
それより借金のほうが大きかったのか、
いまだに知りません。
(たぶん資産のほうが負債より多かったとは思いたいが。)
お金がない
といえば、
西原理恵子さん
「この世でいちばん大事な『カネ』の話」
を、
社員が貸してくれたので読んでみた。
生き死ににもかかわる
えげつない貧乏エピソードの数々。
ちかごろは芸能界でも、
風間トオルさんとか、
貧乏のレジェンドみたいに奉られてますけど、
実業界のほうでも、
わたしの身近な経営者仲間でも、
むかし貧しかったという人はぜんぜん珍しくありません。
理不尽が人を育てる
っていうのは
ほんとうだと思うんですよ。
哲学が研ぎ澄まされてブレない。
わたしは貧乏をネタにできるほど、
経済的には困窮していませんでしたが、
別の種類の地獄を抜けてきた。
I was drowned, I was washed up and left for dead.
I fell down, to my feet and I saw they bled.

汚いデコボコの顔がその証になるかな。
けど、
そういうところからでもはい上がれる。
で、
いまはすべてよし。
左うちわの資産家になれたわけじゃないけど、
別の種類の極楽にたどりつけた。
それでも過去のみじめさをネタにする気にはなれないな。
カミングアウトは一生ない。
あまりにみじめすぎて、
人には明かせない底なしの沼で汚水を飲んで暮らした。
ボロボロになってたころはカッコ悪かったかもしれんけど、
そういうところを越えてきて、
いまはなんともねーだ。
平気だ平気だ、
あっかんべーだ。
と、
そんなストーリーがええんちゃうかな。
Jumpin’ Jack Flash

ローリングストーンズの代表作の中でも別格に愛されてるのは、
そんなストーリーやからええんちゃうかな。
はじめからほどほどにうまくいくより、
穴に落ちてボロボロになって、
大切なことを学んでまた穴からはい上がる
っていう筋書きが、
かっこ悪くてかっこええんちゃうかな。
But it’s all right now, in fact it’s a gas.
But it’s all right, I’m Jumpin’ Jack Flash.
It’s a gas, gas, gas.

屁でもねえんだ。
すべてよし。
何も問題なし。
ズタボロだったころがむしろ懐かしい。
オレもそんなんでよかったと思うねん。
まだいま、
穴からはいあがっている途中やけど、
すでにもうなんともない。
笑われても、
陰でごちゃごちゃ批判されても、
なんともない。
平気なんだ。
たとえば、
いまわたしがときどきいっしょに仕事させてもらってるコンサルタントの先生は、
中学校でも高校でも生徒会長をやっててっていうくらい、
ずーっと優等生のよくできた人格者。
仕事はきっちりやってくれるんで頼りにしてますけど、
ま、
ぜんぜんちがいますね。
何年もつきあっているけど
いっぺんも下ネタの会話にならないし。
ちがいすぎてケンカにならないからいいんですけど、
あっちのほうがお金もあって、
嫁さんも美人で、
家も立派で、
社会的なステイタスは上なんでしょうけど、
なぜかうらやましくない。
ふ~んよかったですよねって感じで。
オレはオレの人生を、
けっこう気に入っているんだなとわかる。
あっちの先生の目には、
オレがずいぶんマヌケに見えてるらしい。
人の使い方がガサツで、
金儲けのしかたもどんくさく、
しょっちゅうもめごとを起こしてゴールから遠ざかってる。
火中の栗をわざわざ拾いに行く。
>なんでそこまでムキになってやるんですか?
とか、
シラっときかれたって答える気にもなりません。
この、
なんといおうか、
血がおさまらない感じ。
優等生のあんたとは別々に、
ちがう方向へ歩きたいんだ。
へそ曲がりなのが好きなんでしょう。

いまテレビで、
「しくじり先生」っていう番組がありますね。
あれ、
とっても参考になります。
才能に恵まれて一世を風靡して、
お金も名誉もあったスターが転落する話。
ただ単に成功して登り詰めましたよっていう話では、
おもしろみも半分。
みんなが大好きなのは、
どん底からはい上がって栄冠をつかみましたよって話。
いったんは栄冠をつかんだにもかかわらず、
調子に乗りすぎてどん底に落っこちちゃいましたよって話。
波瀾万丈が大好き。
しかしだからといって、
自分でドラマを創作して主役を演じる勇気がありますか?
テレビで見たようなヒーローにあこがれて、
自分でもやれるんじゃないかって勘ちがいしても、
実際には足りないものだらけ。
走ってる電車から飛び降りてもケガしないのがドラマ。
あなたがそれをやったら死なないまでも骨折して血まみれで即病院へ。
波瀾万丈なんて、
狂気と紙一重なんですからね。
あなたがいま、
ボロボロでぶさいくな人生を送っていたとしたら、
それは波瀾万丈ごっこをさせてやろうという
神さまのギフトだと考えるしかない。
はいあがれる。
ギリギリであかんかもしれんけども、
やってみなわからん。
才能があるとかないとか、
不公平で不平等で理不尽なこともいっぱいあるけど、
それでもチャンスはけっこうある。
あたまが悪いのはしゃあない。
顔がぶさいくなんもしゃあない。
足が短いのもしゃあない。
それでも逆転のチャンスはゼッタイにある。
ウソをついたり不義理をすると、
そういうチャンスが一気に失われるんだから、
ふてくされずにがんばろう。
コンプレックスだらけのドラマチックな人生で戦おう。
(^_^)v
わたしは36歳のとき、
会社をつくって独立しました。
なんで独立したか?
動機はなんだったか?
実はけっこう弱気でみじめったらしい独立なんで、
あまり言いたくはないんですけど、
ただ組織になじめず、
社会に居場所がなくなってしまったからですね。
サラリーマンが無理でした。
組織に所属する努力は何度かやってみましたが、
行く先々でどこにも順応できず、
たいして必要とされることもなく、
なのに毎朝決まった時間に起きて会社に行かないといけないっていうルールが、
しんどくてしんどくて‥‥
ひとりでやっていくしかなかったからひとりではじめた。
組織からダメ出しを食らったことへの反発が強烈だったためか、
仲間といっしょに何かしようという発想は皆無でした。
ひとりでやっていける、
こんな自分でも食っていける、
ってことを、
自分自身に対して証明するまでは、
どうにも自分の価値を認めることができませんでした。
27歳でいったん実家に戻ってから、
当時まだ家賃のいらない生活を送ってたんですが、
そこがとにかく自己嫌悪。
自分の才覚で稼いだカネで収支を合わせてない感じがいやでたまらない。
どんなカネでもいいってわけじゃない。
オレのカネだといえるカネじゃないと自由じゃない。
自分の起きる時間くらい自分で好きに決めたい。
住む家も、
お昼のランチメニューも、
つきあう女の子も、
誰からも何の制約も受けず、
自分の好きなようにやりたい。
やりたくないことはやらされたくない。
──そういうの、
わがままっていうんでしょうけど、
はじめにあったのはそれだけ。
短くまとめると自由のためにカネを稼ぐってこと
だったのかもしれない。
世の中をよくしたいとか、
まわりの人をしあわせにしたいとか、
そんな殊勝な気分になるのはずっとずーっとあとの話。
>てめえが食えてないのに、
>他人のおまんまの心配するバカがおるか?

って感じ。
まだ独身で家族もなく、
一匹狼
‥‥っていうよりハイエナみたいなもんでしたからナ。
経営理念みたいなもんも
ぜんぜんなかった。
価格という尺度で計れるスペックがすべてでした。
自分には何ができるか?
それはいくらで売れるか?
だけ。
さっきの西原理恵子さんの本の中に、
こんな文章があります。
大人って、自分が働いて得た「カネ」で、ひとつひとつ「自由」を買ってるんだと思う。
単純な話、働いてお金が稼げるようになれば、できることや行動範囲だって広がっていくからね。「大人になる」って、だから楽しいことなんだよ。
   * * *
どこかに、自分にしっくりくる世界がきっとある。
もし、ないとしたら、自分でつくっちゃえばいい。
働くっていうのは、つまり、そういうことでもあるんじゃないかな。
仕事っていうのは、そうやって壁にぶつかりながらも、出会った人たちの力を借りて、自分の居場所をつくっていくことでもあると思う。
   * * *
だから大事なのは、単に「カネ」があるってことじゃない。
働くこと。働きつづけるってことが、まるで「自家発電」みたいに、わたしがその日を明るくがんばるためのエンジンになってくれたのよ。
西原理恵子「この世でいちばん大事な『カネ』の話」から(※以下同様)

とても共感しますよね。
(^_^)v
わたしが最初に借りたのは、
普通電車しか停まらないローカルな駅から徒歩25分という、
不便なアパート。
駐車場代込みで7万5千円、
そこに電話とパソコン。
元手として350万円の貯金があって、
クルマもあって、
貧乏ではなかったけれど切り詰めたスタート。
でもそれがわたしにとっては最高に快適な、
かけがえのない居場所になったんです。
それがその時点でほしいもののすべてだったんだな。
ベッドから這い出たらそこが職場。
パジャマ用のジャージと外歩き用のジャージ、
一日中ジャージですごすのが、
自分としては完ぺきに快適。
社長というには恥ずかしいレベルの水準だったとしても、
そんな自由奔放な生活スタイルを手放したくない。
それが独立の動機のすべて。
たとえ主義信条がひん曲がっていても、
人格なんか関係なしに、
なんか得意なことを必死でやりつづけたら、
自分ひとりの食い扶持くらいはなんとかなるようにできてる。
当時はもちろん、
思うように仕事はなかったし、
侮辱されてキレたことも数え切れない。
けど、
自分の決めたとおりの道を自由意志に従って歩いているっていう、
その自己満足だけでじゅうぶん爽快だった。
楽して儲けたいというような気持ちなんか一切なし。
ていうか、
自分に合ったスタイルなら世間の2倍3倍の時間ずっと仕事してても楽勝で、
いやなことさせられたら半分の時間でもしんどいってことがわかってました。
で、
こんなふうに、
やりたくないことや嫌いな人間関係を徹底的に排除して、
徹底的なわがままを徹底的に突き通していたら‥‥
何が起こったか?
わがままに飽きちゃったんですね、
意外なことに。
おしゃれなオフィス街でおしゃれなオフィスを借りて、
見てくれのいいべっぴんさんな秘書を雇って、
外車に乗って、
好きな時間に出社して、
雨の日には家でごろごろ。
なんとなく食えていけるようになってしまって、
そこまで行けたらもうええやんかって思ってたところまでは行けてしまって、
10年もたたないうちに、
はじめはあこがれで目的だったわがままが、
別に楽しくなくなってしまった。
そのころには結婚もして子どももできて、
いっちょまえに家庭をもった。
病気もして、
まわりの人に支えられることのありがたみもわかった。
いざというとき、大切な誰かを安心な場所にいさせてあげたい。
そう思うなら、働きなさい。働いて、お金を稼ぎなさい。そうして強くなりなさい。
それが、大人になるっていうことなんだと思う。
貧しくって、かなしい出来事をたくさん見てきた子ども時代のあの場所から、わたしも、とうとう、そう思える場所までたどりついた。
家族の笑顔がある場所。しあわせで安心な我が家に。

不思議ですね。
絵に描いたようなしあわせ
って、
どんなしあわせかわかりませんけど、
いつのまにかふつうに我が家のことじゃないの

思います。
まだ子どもたちを成人するところまで育てきってないから、
これからのことは未知数ですけど、
>ぼくってすごい恵まれてるよな。
>恵まれすぎやんな。
>世界一しあわせなんちゃうん?

って、
別にそう言えと教えたわけでもないですが、
家族で焼き肉屋さんに行ったら、
息子が力説しはじめるくらいですから(;^ω^A
独立起業を志してから20年以上、
いまはもう、
当時とは目的も理念も将来ビジョンまるっきりちがいます。
なにか一貫しているものを探すほうがむずかしいくらい。
そやから、
これからひとりでわがまま独立したいキミ、
むちゃくちゃでもなんでも、
考えるより先に行動を起こせっていうのも一理あると思いますよ。
立派な志はあるに越したことないでしょうけど、
いま、
自分の心が貧しいなら、
それはそれで恥じることなく受け入れて、
先に自分が豊かになってから、
まわりにおすそ分けっていう順序でいいじゃないですか。
先に自分を豊かにしろっていうのは何も、
他人から搾取しろっていう意味じゃないですから。
自分がひもじいのに、
まわりにパンを恵んであげられるほどの、
天使みたいな人しか起業できないんだとしたら、
わたしはとっくに飢えて死んでる。
さんざんわがまましてまわりにご迷惑をかけてしまったとしても、
それはあとからなんぼでも穴埋めできる。
最後も西原理恵子さんの言葉で締めくくるか。
まわりの大人たちを見てごらん。
下町の町工場のオヤジさんも、威勢よく声をはりあげている八百屋のオバちゃんも、ちょっとやそっとのことじゃあ、お店は閉めない。
生きていくなら、お金を稼ぎましょう。
どんなときでも、毎日、毎日、「自分のお店」を開けましょう。
それはもう、わたしにとっては神さまを信じるのと同じ。
毎日、毎日、働くことがわたしの「祈り」なのよ。
どんなに煮詰まってつらいときでも、大好きな人に裏切られて落ち込んでるときでも、働いていれば、そのうちどうにか、出口ってもんが見えるものなんだよ。
働くことが希望になる。
人は、みな、そうあってほしい。これはわたしの切なる願いでもある。

覚えておいて。
どんなときでも、働くこと、働きつづけることが「希望」になる、っていうことを。
ときには、休んでもいい。
でも、自分から外に出て、手足を動かして、心で感じることだけは、諦めないで。

娘と息子
息子と日本海

お金は必要×夢は不要

だいぶまえにお金は不要って話を書いた。
したくない仕事はしなくていい‥‥と。
ありがたいことにその投稿は、
すごくたくさんの方がずーっと読んでくださっている。
ありがとうございます。
でも今日は
それと正反対のことを言う。
お金は必要ですよ‥‥と。
うん、
でもそれってあたりまえすぎて、
オッサン何を寝ぼけてけつかるねんって叱られそうだ。
が、
ブレているわけじゃない。
物事を教える側っていうのは往々にして、
同じ相手でさえ正反対のアドバイスを与えることがある。
キミたちも会社で、
上司からまったく正反対の指示を出されてムカついたことがあるだろう。
きのうは
>焦らなくていいよ。
>のんびり取り組んだらいいんだよ。

って言ってたくせに、
きょうは朝からいきなり
>おい、なにやってんだ!
>ぼーっとしてないでさっさと用意しろ!


怒鳴られる。
ま、
その上司はほんとうにいい加減ででたらめで、
ちゃらんぽらんでブレまくりなのかもしれないが、
そうでない場合もあるってことを言いたいわけだ。
キクゾウおじさんは常日頃、
そこのところを可能なかぎり意識し、
受け手がいまどんな状態にあるかを見極めながら使い分ける努力をしている。
それでも部下にはときどき、
方針が一貫してないと責められるくらいだから、
伝え方っていうのはつくづくむずかしいもんなんだ。
キミも
部下をもったら同じ思いをするかもしれない。
たとえばこのサイトは基本姿勢として
執着するな
というアドバイスを発しているのだが、
若いキミたちを相手にするときは、
執着しろ
って言いたいときがある。
どっちがウソでどっちがホントということじゃなく、
そのときにはそのアドバイスがいちばんいいと信じてそう言う。
真理を脇へ置いてでも言う。
方便として言ったにすぎないとしても、
そのときはそれがわたしのベスト。
この文章は20~30代の人に向けて書いてます
まえに「お金は不要」って言ったのもウソじゃない。
めちゃめちゃほんとう。
ただそれを、
思いっきり誤解する若ゾウが多すぎたので、
キクゾウおじさんは少し悲しんだ。
できればもう1回ちゃんと読んでほしいんだが、
あれは
>お金が必要だと強く思いこみすぎているために、
>かえってお金の苦労を増やしてしまっているタイプの人たちのための、
>パラドキシカルな対処法


と書いてあるね。
>がんばれ社長!

言われ続けてお疲れの経営者を見ていると、
>がんばるな社長!

言いたくなる。
それといっしょ。
ほんとうはお金で苦労する必要なんてないんですよと伝えたいわけだ。
なのに、
お金の苦労なんかハナっから知らん若ゾウが
>わたしはお金にこだわりありません。
>これまでもボランティア活動に真剣に取り組んできました。
>お金なんかなくても充実した人生です。
>仕事が覚えられたらそれでいいので、
>給料が安くてもちっともかまいません。
>とにかく将来独立するのがボクの夢なんです。
>だから
>ここで働かせていただけませんか。

みたいなことを
いけしゃあしゃあと言ってくる。
あのね、
そういう意味じゃないだろ。
ボランティア活動は立派ですよ。
しかしね、
>お金にこだわりがないからボランティア
ってね、
それなに?
お金ってどうやって稼ぐもんなのか、
わかって言ってるならいいんだけどもね。
そんなことすら知ろうとしないで
独立とか
なんていう言葉を軽々しく口にするなよ。
それだったらよっぽど
>いっぱいカネ欲しいんでいっぱい働きます!
って言ってくれたほうが若者らしくて健全だ。
キクゾウおじさんは、
キミらの使うなんていう言葉、
申し訳ないけどぜんぜん信じてない。
ちょっとやってみてダメだったらすぐにペシャンコ。
心が折れそうだのなんだのとやかましい。
が純粋でかわいいのは、
せいぜい中学校を卒業するあたりまでで、
それをすぎると早くも将来不安ってやつが混じってきて歪みはじめる。
ちがうか。
自分が小学生か中学生のころに見たを、
いまもちゃんと覚えていて大事にしてるか?
世のため人のためっていうのはもちろん大切。
でもそんなこと
20代で思うほうが立派すぎて不自然だな。
もっとギトギトした感情のほうがよっぽど信用できるわ。
いま自分が置かれている境遇に、
腹ワタが煮えくりかえるほどの不満はないのか?
殺したいヤツとかいないの?
希望もなくていい。
ただひたすら、
いまの生活がイヤでイヤで耐えられないから独立します
──みたいな。
夫のDVから逃れたい一心で‥‥
とか、
子どものころイジメにあった傷を消したくて‥‥
とか。
そんなんでいいじゃないか。
っていうか、
そんなんのほうがいい。
本田健さんの本とかDVDとかいっぱい買って勉強して、
幸せな小金持ちふうに独立するっていうのもいいかしらんけども、
そんな軽やかな話にはキクゾウの心はときめかない。
もっとキナくさい独立を歓迎したい。
ポコポコ自殺するやつはいっぱいいるのに、
死ぬくらいなら死ぬ気で独立してみろよって言いたい。
国が独立するときだって、
血なまぐさい戦闘がつきものでしょ。
クーデターが起きたり大統領の命が狙われて亡命したり。
否定のエネルギーがしばしば世の中をくつがえす。
うまくいかない確率は高いが、
はじめはそれでもいいかなと思う。
心はあとからいくらでも浄化できるから
いいでしょ、そんなんで。
きれいごとはぜんぶ忘れて、
お金に徹底的にこだわってほしい。
あぶく銭じゃなしに、
なが~くず~っと入ってくるお金にこだわってほしい。
そうすると市場原理ってもんが最高の先生となって
いろんなことを教えてくれる。
お金は、
キミが自力で生きていくために必要な武器。
自立に踏み出す勇気を補強するために、
最初のうちはお金が必要。
甘えを断ち切るために必要。
しかしやがてお金は要らなくなる。
お金のことなんか意識しなくても、
それはいつでもあるものになる。
いまの自分を取り囲んでいるすべての理不尽を、
ぜんぶブッ壊すつもりならお金が必要
いや、
もっと正確に言葉を使うなら、
お金を手に入れるちから

必要だ。
もしあなたに貧乏の経験がないなら、
それはすばらしいこと。
親の期待どおり、
そこそこいい大学を出て、
いい会社に就職して、
つりあう相手と結婚して、
計画どおりの安定を手に入れた。
でもそんなキミが手に入れていないのは、
お金を手に入れるちからではないのか。
不安定な境遇に対して、
ばくぜんとあこがれることがあるとすれば、
それは不安定を恐れていることの裏返し。
せっかく手に入れた安定をすべて捨てて、
なにもないところから自分を試してみたい衝動がどこかにありはしないか。
お金は絶対に必要だろうがもうそんなものにしがみつきたくない。
不安定に立ち向かう勇気を試したい。
それは、
しあわせなキミたちに一生つきまとうアンビバレンスだ。
安定をむさぼり、
追いまわし続けてきたあげく、
不安定という名の亡霊がいつまでも立ち去らないことに気づき、
あてがわれた安定にうんざりしかかっているキミがいる。
アンビバレントな魂に必要なのは、
自分が生きて働いて稼いでいる実感のあるお金だ。
安定のためのお金ではない。
ついでに言うとくと、
独立するのになんてもんはいらん。
理念もいらん。
創業社長に必要なのは、
利益を生むビジネスモデルだけ。
とにかくが大切ですよ──なんてね、
いまでこそキクゾウも相手によってはそんな美しい励ましを口にするけど、
ホンネのところではどうだろうか。
なまじっかなんて見ないほうがいい

思ってるかもよ。
だってキミらの語るなんて、
少なく見積もっても8割は現実逃避の口実に使われているだけだろ。
先に成功している人の真似をしてっぽいものを語れば、
まわりが感動してくれて協力者が現れると勘ちがいしている。
でも現実にはわりと冷たい反応が返ってくるから、
たちまち心がポキポキポッキーに折れまくり。
だったらはじめっからなんか見るなっつーの。
理解されようがされよまいが、
協力してもらえようがもらえまいが、
やると決めたことをやれっつーの。
ほんとうに大切なのはじゃなく、
を実現する途中で体験する挫折のほうだろ。
そしてまたへこたれずに再チャレンジする姿勢だ。
なんかどうでもいいからガツガツ行け。
そんなもんなしでやってみろって。
>僕には大きながあるから貧乏なんて平気です。
っていうタイプ、
お金のない状態をでごまかしてるだけじゃないの?
こんな男と所帯をもったがために、
気の毒なことになってる女性を何人か知ってます。
あのな、
お金がなければ不安になるのはあたりまえ。
それはとても正常な反応。
不安で不安で気が狂いそうになるのがノーマル。
でもそれこそが最高の学び。
真の安心は不安からしか学べない
しつこくしぶとく、
心を灰色に曇らせる不安‥‥。
長くそいつとつきあうことからしか学べない。
逃げてごかましてたら一生つきまとわれる。
保証書付の安定を握ったまま、
ちょっとずつステータスを上げていこうなんて、
そんな姑息な独立には真の喜びはない。
そう思わないかな?
ああ‥‥
そういえば、
この話とは関係ないのですが‥‥
「夢は夜ひらく」

藤圭子さんが1週間まえに亡くなられました。
飛び降り自殺。
このサイトのタイトル
「人間活動に専念します。」は、
歌手の宇多田ヒカルさんの使った言葉をパクったもの。
その宇多田ヒカルさんの母親が藤圭子さん。
平成のスーパースターを娘にもつ昭和のスーパースターです。
美しくてお金持ちで才能があって有名‥‥
でも、
長いあいだ精神の病に苦しまれてたんですってね。
あるときは
人生は長い
と言い、
またあるときは
人生は短い
と言います。
あるときは
夢がいちばん大切
と言い、
またあるときは
夢なんかいらない
と言います。
お金は不要だと言うこともあれば必要だと言うこともある。
でも、
どんなときでも変えないアドバイスがあります。
それは感謝
生きていることに感謝しましょう。
何事があろうと心が引きずられないことに感謝します。
藤圭子さんのご冥福を──。
目を見開いたまま
死んだのさ
脳ははたらかない
神経もとぎれとぎれ
からだは冷えて硬くなった
毎日まいにち
僕の友だちの
芝居を見ていた
題は「罪と罪」
魂も抜けているというのに
一心に見つめてた
みんな人形
ひとりよがり人形
目を見開いたまま
死んだのさ
まばたきもしない
だから何から何まで目に入り
そしたら僕
発芽しちゃったのさ
目を見開いたまま
死んだんだ

俺の目を見てみなよ
何もうつってないだろ
なあわかるだろ
俺がどうやって生きてきたか
俺の寝顔を見てみなよ
なあわかるだろ
わかるだろ?
俺がどんな道を歩いてきたか
くつも新しいのに替えて
この目でちゃんと前を見て
俺が考えて歩きたいのさ
このままじゃ悔いが残るから
ほら俺の
泥まみれのくつを見てみなよ
なあわかるだろ
楽じゃなかった
少しも楽じゃなかった
なあわかるだろ
俺は俺をこれ以上責めない
俺の目を見てみなよ
何もうつってない
俺は何て言ってたか
俺の感情はどこなのか
あんたも俺をあやつったひとりなのか
かつて俺が毒を飲んだ日
俺は思った生きるんだと
誰かがクスクスと
笑うのを聞いたとき
さあ俺の
泥まみれのくつを見なよ
ばさばさの心を見なよ
なあわかるだろ
こいつが俺の言い分だって
楽じゃなかった
俺たちは忙しすぎた

じっとしていることがむずかしいんだな
ひとりでいることがむずかしいんだな
おいおまえ
どこへ出かけるんだ
医者が嫌いなおまえ
クスリが嫌いなおまえ
そんなもの必要ないと思っている
けど複雑に肥大しすぎたそのアタマには
やっぱりメスが必要だ
きょうももまた
わけのわからない病魔に襲われて
苦しいか
去年の夏
おまえのからだを汚したのも
実はこいつなんだ
誰と寝て誰の子を宿したかも思い出せない
おまえ
イライラ
この瞬間を解剖するんだ
遅れているとか
取り残されるとか
いったいなんの話だ
くつろげないおまえ
絶えず「前進」を実感していたい
おまえ
またイライラ
虚無感という使い慣れない言葉がよく似合う
この瞬間を解剖するんだ
原因はどこだ?
おまえの過去にはたしかに
不幸なことがひとつあった
すべてのまちがいは
そこから始まったのかもしれないさ
自分の内側にじっとしていられない
何をやっても集中できない
それなら
耐えかねて飛び出すのもいいだろう
けど
行き先がまちがってないか?
そこは所詮一時の気休めだ
同じことのくりかえしだ
耐えかねて飛び出すのもいい
ただ
行き先をまちがうなってこと

おカネのしくみ

ひょっとしたら
あやしげな話になってしまうかもしれませんが、
おカネのしくみを知らずして経営を学ぼうなど本末転倒‥‥
かもしれないので一応。
出資法違反に問われるような展開を予想された方、
どちらかというとその反対です。
おカネは使わなければ入ってこない
みたいな話
ですから。
(ё_ё)
さてあなたは、
お金がいっぱいあったらどうします?
すぐに使っちゃうタイプですか。
わたしの知りあいの中にも、
給料が出たらすぐに使っちゃって、
次の給料日まえにはもういつもスッカラカンってのがいました。
かと思えば反対に、
ちっとも使わないで貯金するタイプもいる。
わたしはどちらかというと後者、
あまり使わないタイプです。
ほしいものがはっきりしていて、
そこにはポンと張りこむが、
それ以外はいたって堅実という使い方。
だからお金に困るなんてことはいままでほとんどなかったのですが、
そのかわり大きく儲けることもできません。
実は、
かかえこむタイプの人のところには、
おカネはなかなか入ってこないんです。
なんでかわかりますか?

「かかえこむ」という行為を起こしているマインドの中に、
おカネとは「なかなか入ってこないもの」であるとか、
「ためるのがむずかしいもの」
という観念が、
すでに刷りこまれているからですね。
使わないからたくさん持っているように見えるだけで、
豊かさをあまり楽しんでないお金持ちっていうのがいるんです。
むかしの人はずいぶん苦労してますから無理もないんですけど、
たいして苦労してないわたしたちは豊かさを楽しみましょう。
かわいいおカネには旅をさせよ
ですよ。
気持ちよく手放して天下の循環回路に乗せていきましょう。
そうすると、
おカネがお友だちを連れて帰ってくる
‥‥そうです。
かつてわたしは、
小銭を使ってこの循環をテストしてみました。
やっぱりほんとうでした。
わたしが旅に出した小銭たちは、
しばらくしてから大勢の仲間を連れて戻ってきた。
なんて親孝行な。
なのでみなさんはもう少し
大きなおカネを使ってテストしてみてください。
商売では損益分岐点というのがありますが、
おカネの出入りを理解するうえで大切な
もうひとつの分岐点

あります。
不安と安心の分岐点
ですね。
不安が優勢だと、
マインドがどうしても守りに入ってしまって、
おカネを旅立たせることがむずかしくなります。
つまり、
使ったパワー以上のおカネが入ってこなくなる
世の中すべからくギブ・アンド・テイク。
どうせなら先にギブしましょう。
日々の仕事をする中にも
おカネを使うシーンがたくさんありますよね。
仕入れでも経費でも、
おカネをかかえこむようにして前かがみになっている人、
背筋を伸ばして両手を大きく広げましょう。
商売上いくら使うかはあまり問題ではないのですが、
どういう気持ちでおカネを使うか

決定的に重要と思われます。
「使ったら減る」と思いながら使うのと、
「使ったら増える」と思いながら使うのでは、
見るからに正反対の結果が起こってきそうですよね。
使う額はいっしょでも、
因果律による結果の差は小さくないのです。
あなたが気づいていようがいよまいが、
かなり大切な原則が裏ではたらいています。
だとしたら気持ちよく出せる範囲で、
なるべく早く、
たくさん使ったほうがよいってことになりませんかね?
お役所に納める税金も
社員に払う給料も、
できるだけたくさん出すぞーっていう気持ち。
ほれほれ、
まだホントに出したわけでもないうちから、
なんだか自分が大人物になったような、
ええ気持ち。
そもそも経費っていうのはかかるもんじゃありませんよ。
かけるもんなんです。
特に固定費はね、
かけなきゃいけないもんなんだそうですよ。
よろしいでしょうか。
長旅をしているあいだにお友だちがいっぱい増えますもんね。
おカネはあとからついてくる
という言葉がありますでしょ。
この想いが、
決定的に重要です。
経営の神さまと称せられる松下幸之助さんも、
利益ははじめに追求するものではなく、
自分に与えられた仕事を一生懸命やった結果として、
いただけるご褒美だというようなことをおっしゃってます。
つまり利益とは、
目的ではなくて結果なんです。
手段になることはあっても目的ではない。
はじめにいくらの利益を目指すか、
目標としての利益額を決めて計画を立てることは重要です。
でもいちばん大切なことは社会に対するお役立ち。
利益はそのお役立ちに対するご褒美として、
あとからいただくもの。
先にやるべきことをやれば、
おカネはあとからついてくるんです。
──え?
>オレにはついてこえへん(▼▼メ)!
ですか。
ま、
そうかもしれません(;^ω^A
おカネは意外とシャイなので、
>ほんまについてきてくれてんのか?
って、
不安でいちいちうしろを振り返るような人にはついていかんのです。
だから、
不安と安心の分岐点が重要だっていうんです。
この分岐点をまだ越えてない人は、
いますぐ越えてください。
安心して安定してしまってくださいってことですね。
実はこれ、
気の持ちようだけの問題ですから、
あなたが現実にどうやって生計を立てているかとは無関係、
実生活の損益分岐点よりも早く越えられます。
でしょ?
日々、
何にでも感謝して生きましょう
ってことですね。