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あなたはあなたのままですばらしい‥‥か?

あなたはあなたのままですばらしい
っていう
すばらしい言葉を聞いたことがあるよね。
わたしも好きだけども、
ついこないだ、
この言葉の解釈がおかしい若ゾウに会った。
この文章は20~30代の人に向けて書いてます
いまのままですばらしい
ありのままでいいんだ
っていう言葉を
このまま努力しなくていい
‥‥っていうふうな意味に受け取っていたのですがな。
ありゃまぁε=( ̄。 ̄;)
あのな、
そんなふうに甘えんなよ。
>だから努力しなくてもいい
っていう意味じゃないんだって。
SMAPも歌ってる
ナンバーワンにならなくてもいい
もともと特別なオンリーワン
槇原敬之「世界に一つだけの花」

‥‥ってやつだって、
>つまらない競争なんてやめて、
>みんなで仲良くごろごろ寝ころんでていいんだよ

じゃないだろ。
ここのところの取り方がおかしいもんだから、
会社で上司に「もっとちゃんと仕事しろ!」って注意されても、
>自分はこのままでちゃんとしてる!

変なふうにスジが通って心が譲らない。
なんなんだよ。
ちょっと叱られただけで傷ついて、
心は折れそうになっているくせに、
でもやっぱり自分はこのままですばらしいんだと頭の中で修正する。
けっきょく行動も起こさず努力ってもんをしない。
しんどいことをしないための心の言い訳にあるがままを使う。
いわゆるスピリチュアル系に属する若ゾウたちのうちのかなりの割合が、
こういうおかしな考え方に傾いているってことになってくると、
美輪明宏って人も浮かばれないぞ。
で、
こんな変てこな風潮が中小企業の人財育成の現場で
リーダーの頭を悩ませることになっている。
あるがままでいいという心の姿勢

変わること

一見対立するからだ。
成長することも変わることだし、
挑戦することもそう。
だから!
あるがままでいいと居直られてしまえば
企業活動は麻痺してしまうのだ。
時代のムードとは恐ろしいもんだね。
じゃあ、
あなたはあなたのままですばらしい

ウソなのか?
ていうと、
もちろんウソではない。
これは真理。
右脚に障がいを持つわたしの友人は、
その障がいがコンプレックスで自閉症だった時期もあるけれど、
この言葉を支えに立ち直った。
マイナスに落ちこんだ心をゼロに戻す過程では、
この言葉はすごく大きな励ましを与えてくれる。
いまのままじゃだめだ
と、
変わることを義務のように背負ってしまった心は、
この言葉に救済されるだろう。
トンビの子はトンビ。
どうがんばっても鷹にはなれないのに、
トンビのままじゃいけない。
鷹のように価値の高い鳥に生まれ変わらなければならない‥‥

思いこんでしまった気の毒なトンビを、
この言葉が救うのだ。
変わらなければならないことなどひとつもない。
「変わらなければ」と思いこんでいるあなた自身の考え方のほかに、
変えなければならないことなどひとつもない。
他人と比べて何かが劣っている
という理由で
自分を責める必要はひとつもない。
あなたはあなたのままですばらしい
は、
そういうときの支えであって、
トンビとして生まれたなら鷹になろうする必要はないし、
鷹と比べられることは断固拒否したらいい。
ほかのトンビと比べることもない。
ただし、
自己ベスト更新は大いに意識してほしい。
トンビはトンビなりにトンビのベストを尽くし、
最高のトンビを目指したほうが
トンビとしてより多くの喜びを味わえる。
成長した自分に出会う喜びを知っている人なら、
その途中に出てくる痛みやストレスなど
たいして問題じゃないことも知っているはずだ。
苦労はしなくていい。
しなくていいどころか苦労は厳禁。
してはだめ。
しかし努力は必要だ。
自分と自分の愛する人を喜ばせるために努力しよう。
努力は義務じゃなくて快感をともなう楽しみだ。
なのにキミたちは変わろうとしない。
成長するために努力しようとしない。
そんなキミたちみんなが気づいていない大きな落とし穴がある。
キミたちはすでにあるがままの自分じゃなくなっているってことだ。
もともと特別なオンリーワンだったんだけど、
いまはちがうってわけなんだ。
いわゆる「ゆとり世代」に属するキミたちは、
お互いをあまり競争させないでおこうっていう、
妙な学習指導要領の中で育てられた。
そのせいか闘争心ってもんが希薄で、
やられた相手を見返してやろうっていう負けん気ってもんが感じられない。
平等を愛するように教育されていて、
獲得することを警戒しているようにも見える。
なるほど草食系っていう形容がぴったりだ。
そんなふうにコントロールされているといっていい。
ボケちゃってるんだね。
ま、誰でも、
その時代に即した学習指導要領の影響は免れないんだから、
ゆとり世代をバカにするつもりはないんだが‥‥
「差別されて悔しい」とか「負けてバカにされて腹が立つ」とかいうふうに、
怒りをエネルギーの源泉にすることなく育った。
比較競争をはじめから排除して、
闘うことも負けることもなく大きくなれたっていう意味では
恵まれすぎているのかもしれないけども、
逆に、
ちょっとかわいそうかなと思うんだよ。
ほんとうの自分に出会う機会を奪われている
ともいえる
からさ。
人間っていうのは、
踏まれたり蹴られたり叩かれたりする中から、
それを自己鍛錬に転換して強くなる術を学ぶ。
負けてばっかりいたからこそ、
自分が楽に存在できる場が見つかるっていうこともあるんだ。
競争もさせてもらえず守られてばかりいると
ボケてしまうようにできている。
だから、
そこそこしあわせなんていうあてがわれた豊かさに慣れてしまうと、
なにかこう
人間がぼんやりしてしまう。
自分がいったい何者なんだかわからなくなってしまう自己喪失が起こるわけ。
成長には痛みが伴うのも確かだが
痛み=苦しみ
ではないよ。
筋肉痛という痛みを味わうことなしに、
トップアスリートになるのは不可能だ。
どんどんタイムが縮まって自分が成長していくのが実感できるとき、
ふくらはぎが痛いだのかかとが痛いだのといっても
そんなことで練習を休みたくない。
思いどおりにならないことに直面してあれこれ試行錯誤する、
まさにそのときに人は成長するんだ。
だからパラドキシカルな視点を磨けよとキクゾウが言うんだ。
恵まれている人は実はかわいそうな人なんだ‥‥
っていう見方も
もしかしたらあるかもしれないってこと。
この意味がわかれば「しんどい」が半分に減るかもしれないだろ。
同じくらいキツい仕事をさせられても、
しんどいと感じなくなる。
>あ、
>いま自分は成長させてもらっているんだ、
>これは訓練の道具なんだ


了解できれば、
「しんどい」「楽しい」に変わる。
思いどおりにならないことのすべてに感謝しなさい
──これが本日のパラドキシカルな忠言だ。
あるがままですばらしい

別人のように生まれ変わりたい

実はまったく矛盾しない。
本人が理解してないだけで、
>本来の自分に戻りたい

願っているだけだから。
言葉のアヤってやつで、
変わりたい戻りたいと同じ
なんです。
ほんとうの自分に戻って本然を生きる喜びを知ったら、
もう
別人になりたいとか思いますまい。
そんなふうにして成長していくためのステップが、
あらゆる思いどおりにならないことの中にあるわけだ。
ペットやロボットを相手にするより、
人間のほうがよっぽど思いどおりにならないだろ。
>だから人間関係ってめんどうくさくっていやなんだよ
じゃないんだ。
最悪に思いどおりにならない人間関係こそが、
自分磨きのための最高の道具になるんだ。
キミがつぶれさえしなければ、
ね。
経営者はいいぞ。
ものすごくしんどくて、
ぐちゃぐちゃにめんどうくさくて、
腹立つことやら悔しいことやらが山ほどある。
だからこそ学びの宝庫だ。
こんな屁理屈ばかり並べるジジイはよっぽど歪んでいるのかもしれないが、
これは心の底から感じていることなんだ。
いろいろ毎日しんどいことが次から次と起こって、
思いどおりにならないことばっかりだとボヤきたくなるけれど、
おかげさまで
どうにもこうにも楽しすぎる日常だ。

これはいったいどういうわけだ。


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