HOME > 社長になりたい若ゾウたちへ > 1-独立とはなんだ > 起業の動機


▼スポンサーリンク▼

 

起業の動機

I was born in a crossfire harricane.「ジャンピンジャックフラッシュ」(M.Jagger/K.Richards) から(以下同様)

はじまりは、
まあだいたいそんな感じでええんちゃうかな。
はじめから成功を約束されたテカテカの人生もあるにはあるやろうけど、
オレは興味ないわ。
いまさらマネできるもんでもないし。
ろくでもない生まれ方、
はみだした育ち方。
I was raised by a toothless, bearded hag.

傷つけられてアザだらけ、
痛みを引きずりながら生きのびた。
みじめでござる。
さいわいわたしは、
ものすごく貧乏な暮らしはしたことがないので、
お金がないってことがどれほどみじめなことか、
知らない。
わたしがまだ5歳にもならないころ、
実家でやってた町工場がつぶれて、
たいへん貧しい時期があったと、
まわりまわって耳にしたことがあるが、
そのことを親が聞かせてくれたことはない。
親はお金に対する執着も苦労も見せず、
あるんだかないんだかわからないくらいだったけれど、
出してくれと頼んだお金は出してくれたし、
お金に意地汚いところを見たことはただの一度もない。
中学校に入るころには家も建て替わり、
あくまで田舎の水準でだが、
どっちかというとお金持ちの部類になった。
おかげで、
たぶんわたしもお金にはいやらしくない。
いくらもってるかに関係なしに、
しみったれたヤツだとは誰からも思われてないはず。
貸したカネを回収できなかったことは過去に2度あるけど、
返さなかったことは一度もないし、
いまでも会社は実質無借金でがんばっている。
親父が死んだとき、
相続放棄という手続きをしたが、
分けるほどの財産があったのか、
それより借金のほうが大きかったのか、
いまだに知りません。
(たぶん資産のほうが負債より多かったとは思いたいが。)
お金がない
といえば、
西原理恵子さん
「この世でいちばん大事な『カネ』の話」
を、
社員が貸してくれたので読んでみた。
生き死ににもかかわる
えげつない貧乏エピソードの数々。
ちかごろは芸能界でも、
風間トオルさんとか、
貧乏のレジェンドみたいに奉られてますけど、
実業界のほうでも、
わたしの身近な経営者仲間でも、
むかし貧しかったという人はぜんぜん珍しくありません。
理不尽が人を育てる
っていうのは
ほんとうだと思うんですよ。
哲学が研ぎ澄まされてブレない。
わたしは貧乏をネタにできるほど、
経済的には困窮していませんでしたが、
別の種類の地獄を抜けてきた。
I was drowned, I was washed up and left for dead.
I fell down, to my feet and I saw they bled.

汚いデコボコの顔がその証になるかな。
けど、
そういうところからでもはい上がれる。
で、
いまはすべてよし。
左うちわの資産家になれたわけじゃないけど、
別の種類の極楽にたどりつけた。
それでも過去のみじめさをネタにする気にはなれないな。
カミングアウトは一生ない。
あまりにみじめすぎて、
人には明かせない底なしの沼で汚水を飲んで暮らした。
ボロボロになってたころはカッコ悪かったかもしれんけど、
そういうところを越えてきて、
いまはなんともねーだ。
平気だ平気だ、
あっかんべーだ。
と、
そんなストーリーがええんちゃうかな。
Jumpin’ Jack Flash

ローリングストーンズの代表作の中でも別格に愛されてるのは、
そんなストーリーやからええんちゃうかな。
はじめからほどほどにうまくいくより、
穴に落ちてボロボロになって、
大切なことを学んでまた穴からはい上がる
っていう筋書きが、
かっこ悪くてかっこええんちゃうかな。
But it’s all right now, in fact it’s a gas.
But it’s all right, I’m Jumpin’ Jack Flash.
It’s a gas, gas, gas.

屁でもねえんだ。
すべてよし。
何も問題なし。
ズタボロだったころがむしろ懐かしい。
オレもそんなんでよかったと思うねん。
まだいま、
穴からはいあがっている途中やけど、
すでにもうなんともない。
笑われても、
陰でごちゃごちゃ批判されても、
なんともない。
平気なんだ。
たとえば、
いまわたしがときどきいっしょに仕事させてもらってるコンサルタントの先生は、
中学校でも高校でも生徒会長をやっててっていうくらい、
ずーっと優等生のよくできた人格者。
仕事はきっちりやってくれるんで頼りにしてますけど、
ま、
ぜんぜんちがいますね。
何年もつきあっているけど
いっぺんも下ネタの会話にならないし。
ちがいすぎてケンカにならないからいいんですけど、
あっちのほうがお金もあって、
嫁さんも美人で、
家も立派で、
社会的なステイタスは上なんでしょうけど、
なぜかうらやましくない。
ふ~んよかったですよねって感じで。
オレはオレの人生を、
けっこう気に入っているんだなとわかる。
あっちの先生の目には、
オレがずいぶんマヌケに見えてるらしい。
人の使い方がガサツで、
金儲けのしかたもどんくさく、
しょっちゅうもめごとを起こしてゴールから遠ざかってる。
火中の栗をわざわざ拾いに行く。
>なんでそこまでムキになってやるんですか?
とか、
シラっときかれたって答える気にもなりません。
この、
なんといおうか、
血がおさまらない感じ。
優等生のあんたとは別々に、
ちがう方向へ歩きたいんだ。
へそ曲がりなのが好きなんでしょう。

いまテレビで、
「しくじり先生」っていう番組がありますね。
あれ、
とっても参考になります。
才能に恵まれて一世を風靡して、
お金も名誉もあったスターが転落する話。
ただ単に成功して登り詰めましたよっていう話では、
おもしろみも半分。
みんなが大好きなのは、
どん底からはい上がって栄冠をつかみましたよって話。
いったんは栄冠をつかんだにもかかわらず、
調子に乗りすぎてどん底に落っこちちゃいましたよって話。
波瀾万丈が大好き。
しかしだからといって、
自分でドラマを創作して主役を演じる勇気がありますか?
テレビで見たようなヒーローにあこがれて、
自分でもやれるんじゃないかって勘ちがいしても、
実際には足りないものだらけ。
走ってる電車から飛び降りてもケガしないのがドラマ。
あなたがそれをやったら死なないまでも骨折して血まみれで即病院へ。
波瀾万丈なんて、
狂気と紙一重なんですからね。
あなたがいま、
ボロボロでぶさいくな人生を送っていたとしたら、
それは波瀾万丈ごっこをさせてやろうという
神さまのギフトだと考えるしかない。
はいあがれる。
ギリギリであかんかもしれんけども、
やってみなわからん。
才能があるとかないとか、
不公平で不平等で理不尽なこともいっぱいあるけど、
それでもチャンスはけっこうある。
あたまが悪いのはしゃあない。
顔がぶさいくなんもしゃあない。
足が短いのもしゃあない。
それでも逆転のチャンスはゼッタイにある。
ウソをついたり不義理をすると、
そういうチャンスが一気に失われるんだから、
ふてくされずにがんばろう。
コンプレックスだらけのドラマチックな人生で戦おう。
(^_^)v
わたしは36歳のとき、
会社をつくって独立しました。
なんで独立したか?
動機はなんだったか?
実はけっこう弱気でみじめったらしい独立なんで、
あまり言いたくはないんですけど、
ただ組織になじめず、
社会に居場所がなくなってしまったからですね。
サラリーマンが無理でした。
組織に所属する努力は何度かやってみましたが、
行く先々でどこにも順応できず、
たいして必要とされることもなく、
なのに毎朝決まった時間に起きて会社に行かないといけないっていうルールが、
しんどくてしんどくて‥‥
ひとりでやっていくしかなかったからひとりではじめた。
組織からダメ出しを食らったことへの反発が強烈だったためか、
仲間といっしょに何かしようという発想は皆無でした。
ひとりでやっていける、
こんな自分でも食っていける、
ってことを、
自分自身に対して証明するまでは、
どうにも自分の価値を認めることができませんでした。
27歳でいったん実家に戻ってから、
当時まだ家賃のいらない生活を送ってたんですが、
そこがとにかく自己嫌悪。
自分の才覚で稼いだカネで収支を合わせてない感じがいやでたまらない。
どんなカネでもいいってわけじゃない。
オレのカネだといえるカネじゃないと自由じゃない。
自分の起きる時間くらい自分で好きに決めたい。
住む家も、
お昼のランチメニューも、
つきあう女の子も、
誰からも何の制約も受けず、
自分の好きなようにやりたい。
やりたくないことはやらされたくない。
──そういうの、
わがままっていうんでしょうけど、
はじめにあったのはそれだけ。
短くまとめると自由のためにカネを稼ぐってこと
だったのかもしれない。
世の中をよくしたいとか、
まわりの人をしあわせにしたいとか、
そんな殊勝な気分になるのはずっとずーっとあとの話。
>てめえが食えてないのに、
>他人のおまんまの心配するバカがおるか?

って感じ。
まだ独身で家族もなく、
一匹狼
‥‥っていうよりハイエナみたいなもんでしたからナ。
経営理念みたいなもんも
ぜんぜんなかった。
価格という尺度で計れるスペックがすべてでした。
自分には何ができるか?
それはいくらで売れるか?
だけ。
さっきの西原理恵子さんの本の中に、
こんな文章があります。
大人って、自分が働いて得た「カネ」で、ひとつひとつ「自由」を買ってるんだと思う。
単純な話、働いてお金が稼げるようになれば、できることや行動範囲だって広がっていくからね。「大人になる」って、だから楽しいことなんだよ。
   * * *
どこかに、自分にしっくりくる世界がきっとある。
もし、ないとしたら、自分でつくっちゃえばいい。
働くっていうのは、つまり、そういうことでもあるんじゃないかな。
仕事っていうのは、そうやって壁にぶつかりながらも、出会った人たちの力を借りて、自分の居場所をつくっていくことでもあると思う。
   * * *
だから大事なのは、単に「カネ」があるってことじゃない。
働くこと。働きつづけるってことが、まるで「自家発電」みたいに、わたしがその日を明るくがんばるためのエンジンになってくれたのよ。
西原理恵子「この世でいちばん大事な『カネ』の話」から(※以下同様)

とても共感しますよね。
(^_^)v
わたしが最初に借りたのは、
普通電車しか停まらないローカルな駅から徒歩25分という、
不便なアパート。
駐車場代込みで7万5千円、
そこに電話とパソコン。
元手として350万円の貯金があって、
クルマもあって、
貧乏ではなかったけれど切り詰めたスタート。
でもそれがわたしにとっては最高に快適な、
かけがえのない居場所になったんです。
それがその時点でほしいもののすべてだったんだな。
ベッドから這い出たらそこが職場。
パジャマ用のジャージと外歩き用のジャージ、
一日中ジャージですごすのが、
自分としては完ぺきに快適。
社長というには恥ずかしいレベルの水準だったとしても、
そんな自由奔放な生活スタイルを手放したくない。
それが独立の動機のすべて。
たとえ主義信条がひん曲がっていても、
人格なんか関係なしに、
なんか得意なことを必死でやりつづけたら、
自分ひとりの食い扶持くらいはなんとかなるようにできてる。
当時はもちろん、
思うように仕事はなかったし、
侮辱されてキレたことも数え切れない。
けど、
自分の決めたとおりの道を自由意志に従って歩いているっていう、
その自己満足だけでじゅうぶん爽快だった。
楽して儲けたいというような気持ちなんか一切なし。
ていうか、
自分に合ったスタイルなら世間の2倍3倍の時間ずっと仕事してても楽勝で、
いやなことさせられたら半分の時間でもしんどいってことがわかってました。
で、
こんなふうに、
やりたくないことや嫌いな人間関係を徹底的に排除して、
徹底的なわがままを徹底的に突き通していたら‥‥
何が起こったか?
わがままに飽きちゃったんですね、
意外なことに。
おしゃれなオフィス街でおしゃれなオフィスを借りて、
見てくれのいいべっぴんさんな秘書を雇って、
外車に乗って、
好きな時間に出社して、
雨の日には家でごろごろ。
なんとなく食えていけるようになってしまって、
そこまで行けたらもうええやんかって思ってたところまでは行けてしまって、
10年もたたないうちに、
はじめはあこがれで目的だったわがままが、
別に楽しくなくなってしまった。
そのころには結婚もして子どももできて、
いっちょまえに家庭をもった。
病気もして、
まわりの人に支えられることのありがたみもわかった。
いざというとき、大切な誰かを安心な場所にいさせてあげたい。
そう思うなら、働きなさい。働いて、お金を稼ぎなさい。そうして強くなりなさい。
それが、大人になるっていうことなんだと思う。
貧しくって、かなしい出来事をたくさん見てきた子ども時代のあの場所から、わたしも、とうとう、そう思える場所までたどりついた。
家族の笑顔がある場所。しあわせで安心な我が家に。

不思議ですね。
絵に描いたようなしあわせ
って、
どんなしあわせかわかりませんけど、
いつのまにかふつうに我が家のことじゃないの

思います。
まだ子どもたちを成人するところまで育てきってないから、
これからのことは未知数ですけど、
>ぼくってすごい恵まれてるよな。
>恵まれすぎやんな。
>世界一しあわせなんちゃうん?

って、
別にそう言えと教えたわけでもないですが、
家族で焼き肉屋さんに行ったら、
息子が力説しはじめるくらいですから(;^ω^A
独立起業を志してから20年以上、
いまはもう、
当時とは目的も理念も将来ビジョンまるっきりちがいます。
なにか一貫しているものを探すほうがむずかしいくらい。
そやから、
これからひとりでわがまま独立したいキミ、
むちゃくちゃでもなんでも、
考えるより先に行動を起こせっていうのも一理あると思いますよ。
立派な志はあるに越したことないでしょうけど、
いま、
自分の心が貧しいなら、
それはそれで恥じることなく受け入れて、
先に自分が豊かになってから、
まわりにおすそ分けっていう順序でいいじゃないですか。
先に自分を豊かにしろっていうのは何も、
他人から搾取しろっていう意味じゃないですから。
自分がひもじいのに、
まわりにパンを恵んであげられるほどの、
天使みたいな人しか起業できないんだとしたら、
わたしはとっくに飢えて死んでる。
さんざんわがまましてまわりにご迷惑をかけてしまったとしても、
それはあとからなんぼでも穴埋めできる。
最後も西原理恵子さんの言葉で締めくくるか。
まわりの大人たちを見てごらん。
下町の町工場のオヤジさんも、威勢よく声をはりあげている八百屋のオバちゃんも、ちょっとやそっとのことじゃあ、お店は閉めない。
生きていくなら、お金を稼ぎましょう。
どんなときでも、毎日、毎日、「自分のお店」を開けましょう。
それはもう、わたしにとっては神さまを信じるのと同じ。
毎日、毎日、働くことがわたしの「祈り」なのよ。
どんなに煮詰まってつらいときでも、大好きな人に裏切られて落ち込んでるときでも、働いていれば、そのうちどうにか、出口ってもんが見えるものなんだよ。
働くことが希望になる。
人は、みな、そうあってほしい。これはわたしの切なる願いでもある。

覚えておいて。
どんなときでも、働くこと、働きつづけることが「希望」になる、っていうことを。
ときには、休んでもいい。
でも、自分から外に出て、手足を動かして、心で感じることだけは、諦めないで。

娘と息子
息子と日本海


▼スポンサーリンク▼