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他人の評価

またパラドキシカルなアドバイスをひとつ──
他人の評価を高めたいなら他人の評価を気にするな
と(ё_ё)?
特に20代から30代前半の若ゾウ諸君には
このことを強く進言したい。
もうちょい噛み砕いていうと──
(結果として)他人の評価を高めたいなら
(直接的に)他人の評価を気にするな

となる(ё_ё)
他の人はどう思うだろう?
っていう評価基準が絶対的なまでに強大で、
それに縛られ、振りまわされ、
押しつぶされそうになっていないか。
いわゆる世間体(セケンテイ)ってやつだ。
それが
まるで悪魔のささやきのように
キミらを押しつぶすんだ。
そればかりではない。
ここでいう他人とは、
血のつながりがあるとかないとかではなく、
自分以外の他者という意味で、
親や兄弟や先生、恋人、上司といった、
身近な存在も含んでいる。
いや、むしろ、
身近にいてキミに対する影響力がある存在を警戒したほうがいい。
キミの人生なのに、
そのうちキミ自身がしっかり決断して選んだ道がいくつあるだろうか。
「社会的評価」という名の幻想に支配されてはいないか。
自分の道を自分でしっかり選んだつもりでも、
その根拠が世間体だったらなんにもならんぜ‥‥っちゅうハナシだ。
いま、キミの頭の中はどんな感じかな?
>そもそも大学に入って体育会系のクラブに所属したのは何のためだっけ?
>就活を有利にするためじゃないか。
>大企業に就職したら親は喜ぶ。
>彼女は公務員になってくれたほうが嬉しいと言ってる。
>そうだよ、それがフツウなんだよ。
>中小企業なんて問題外。
>まして独立するなんてアホだよ、アホ!

‥‥と、
まぁそこまで言うなら止めないけども、
どうせならエリート官僚でも目指したらええでしょ。
でもせっかくたった一度の人生なんだから、
まずなにはさておき、
いったんは他人の評価ってものの一切をナシにして、
人生選択の意思決定をすることを習慣づけてほしいと願う。
他の人はどう思うだろう?

思わない習慣だ。
他人の評価に一切とらわれない選択をしたからといって、
必ずしも誰かを悲しませることになるとはかぎらない‥‥と、
そう考えてほしいもんだな。
だいたい他人の評価を気にしているヤツっていうのは、
まわりの人間関係に配慮する思いやりがあってそうしているんじゃないもんね。
だた単に、
こんなふうに思われたらどうしよう、
そんなふうに見えるのはイヤだ‥‥と、
他人の目線に怯えているだけじゃないか。
意思決定はいつも、
不安か、愛か、その二者択一だってことを思い出してごらんよ。
他人の目を気にするっていうのは根っこに不安があるだろ。
まわりに対する思いやりとは正反対だね。
お芝居の勉強を続けるためにフランス留学したいんだけど、
きっとパパが反対するからやめちゃった‥‥とかいうときは、
パパが寂しがるだろうなっていう心配よりも、
お金を出してもらえないならどうせ行けないしなっていう計算が先に来てるでしょ。
他の人はどう思うだろう?
なんていう評価基準が愛からではなく不安から発しているうちは、
これを気にするのは止めたほうがいいんだ。
まだ実績の少ない若ゾウくんたちにとっちゃ、
人生は他人の評価との闘い
といっても過言ではない。
キミがいくら自分のことを、
>ボクはやりますよ。
>やる気だけは誰にも負けません。
>友だちにも頼りがいのあるヤツだと思われていて、
>悩み事とかいろいろ相談されます。

とかなんとか主張しても、
そんな調子のいいことは誰でも言うんだから。
40歳、50歳になると、
それまで果たしてきた役割が目に見える実績となって積み上がっているから、
あれこれアピールしなくて済む。
>この作品を見ていただければすべてわかります。

ひとことで済むくらいになるとほんとうにスバラシイ。
ええ歳こいてベラベラ自己主張しないといけないっていうのは、
それまでの人生が薄っぺらいことの証拠みたいなもんだから、
よく自覚して反省を‥‥
‥‥?
あ、
これはわたしのことだねっ‥‥Σ(・ω・;|||
とにかく、
実績のない若ゾウは、
自分で自分のことを評価することも困難だから、
なにかにつけて焦る。
わかってほしい気持ちはものすごく大きいのに、
それを証明する手立てがない。
ツラいねヾ(☆o☆):

人生は他人の評価との闘いだ。
若ゾウ諸君はまずその現実を受け入れよう。
実績の欠如はやむをえないことだ。
そんなことで自分を責めて卑屈になったりせず、
ひたむきにやるしかない。
なんとでも思えという開き直りがキミを救うだろう。
誤解が怖いときにはわからせようとすることをやめること。
ウソはつくわけにはいかないから黙るしかない。
ある時期、
社会全体を敵にまわすくらいの覚悟が必要になるかもしれない。
よく思われないといけない‥‥なんてことはない!
正しく理解されないといけない‥‥なんてこともない!
他人の評価がキミの中で過度に重要になっているなら要警戒!
自分について、
いちいち正確に受け取られないとおさまらない傾向があるなら要警戒!
キミはタバコを吸わない。
でもキミの彼氏はキミがスモーカーだと誤解していた‥‥
というようなことにいちいち神経質にならないこと。
「他の人はどう思うだろう?」というモノサシ
を、
自分の中で絶対的なものにしてしまってはいけないよ。
そんなことになるくらいなら、
もがいてもがいてもがいて、
いまいるところから飛び出してしまったほうがマシだ。
よいことなら何でも見せたがり、
よからぬことは何でも隠そうとする。

そういう習慣もまた、
無自覚に他人の評価をキミの中でキミ自身が大きくすることにつながるから要警戒。
>だったら、
>好かれようと努力することはいけないことなの?

っていう疑問、わかりますよ。
とてもよく理解できる。
それはね、
なんども言うようにね、
好かれたいと望む気持ちのベースにある動機によるんですよ。
あなたがね、
「嫌われたらどうしよう?」っていう恐れに突き動かされているとしたら、
それにはしっかり気づいておくこと。
なんせ恐れには従わないこと。
かなり大切な原則
を、
ここでまた思い出しておきましょう。
批判にさらされているという現実──しばしばそれはただの幻想──から
キミが執拗に受けているストレスの危険性に気づいてほしい。
若いころはただでさえ何でも不安なのに、
他人の目を気にすることがネガティブなムードをさらに増幅する。
>へへっ、
>いまに足元すくわれて泣きを見るぜ。
>はじめっからこうなることはわかってたよな。
>ざまあみろ。いいきみだ。

──そんな雑音がやかましく耳にこだまして、
神経がすり減りはじめる‥‥。
他人の怠慢やミスや不正をキミが痛烈に批判するなら、
それがゆえに同じ判断基準にしたがって、
キミは自分自身が許せないという状況にはまりこみがちだ。
自分にも他人にも厳しいタイプのキミは、
実は他人の評価に裁かれているのではなく、
自分で自分自身を裁いて苦しんでいるんだ。
それに気づいておくこと。
キミが勝手に想像しているほど
まわりの連中はキミのやることにこだわってない。
まわりもまた、
自分の得点稼ぎに精一杯なんだ。
成果を見せなければならないプレッシャーはあって当然だけど、
それを強力なストレスにしてしまっているのはキミ自身の勝手な幻想だ。
つっぱるのはもうやめよう。
年がら年じゅう目に見える成果を上げ続けるなんて不可能だ。
あやまっちまえよ。
降参するんだ。
開き直ることがキミを救うだろう。
一時的には惨めな思いをしなければならないこともある。
笑いたいヤツには笑わせておけばいい。
だが最後に笑うのはきっとキミだ。

セレンディピティ

セレンディピティ(serendipity)
とは、
求めているものとはちがうけれど、
価値のあるものを思いがけず探し当てる能力のこと。
幸運な偶然を起こす力ですね。
偶然力と訳した人もある。
この言葉の持つ感じを大切にしてみよう。
考える人生を抜け出て、
感じる人生を生きていると、
偶然というのは起こせるもんだとわかってくる。
偶然に見えたとしても、
それは偶然ではないとわかってくる。
つまり、
あなたの人生に起こってくる事象はすべて必然。
しかも、
必要なことがベストなタイミングで起きてくるんだとわかってくる。
ではこの、
セレンディピティを高めるためにはどうしたらよいだろうか。

自分のやりたいことがまだよくつかめない若ゾウ諸君には、
まず──
頼まれごとは断らない
っていうのと
誘われごとには乗っておけ
っていう2つのアドバイスを捧げよう。
この文章は20代の人に向けて書いてます
どうせ
自分じゃ何がしたいかわからないんでしょ?
だったらなにかこう、
引っぱられる感じとか、なんとなく背中を押される感じとか、
「流されとけ」っていうと語弊があるんだけれども、
うまく流れに身を委ねるというか‥‥
そんな感じ
そのキッカケが「頼まれること」であったり、
「誘われること」だというわけ。
アンテナ高く、ビビらず、考えすぎず、
要するに、
尻を軽くしとけ
ってことなんだけども、
その際に気をつけたいことがひとつ。
あなたがほんとうにおバカさんだった場合、
他人から利用されて終わり
ってことが起こります。
一晩だけ遊ばれて捨てられた‥‥とか。
出資金ってものを振り込んだんだけどその後の連絡がない‥‥とか。
相談があるからって呼ばれて行ったらただの荷物運びだった‥‥とか。
──そういうのは、
実は相手は誰でもよかったというパターンで、
あなたは単にダマされただけ‥‥
と言ってしまえば身も蓋もなくそうなんです。
が、
若いんですから、
ダマされることを過度に警戒するのもどうかと思います。
ダマされるとわかっててダマされてみるのも修行のうちという考え方もありましょう。
おのれのバカさ加減を知るためのバロメータとして使えるんです。
けして尻込みせず、
再起不能の致命傷を負わない程度に受け入れてごらんなさいナ。
そんなことしか頼まれないあなたはおバカさん 。
そんなところにしか誘われないあなたはおバカさん。
でも、
なにも頼まれないよりマシかもしれない。
どこにも誘われないよりマシかもしれない。
それでまた地獄を見たとしてもそれもあなたの責任だ。

けっきょくのところ、
この社会における自分の役割は何か?
っていうような問いに自分自身で答えられないあいだは、
貧乏クジを引かされ続けるんだってことがわかってくる。
そしてそのうちきっと、
>あなたを見こんでお願いするんだ。
>これはあなたでないとダメなんだ。

っていう何者かが現れる。
その日を描いてください。
新しい方向へ人生が切り開かれる瞬間ですよ。