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アンパンマンの目線で飛んでみようか

いまはもううちの子も、
そういう歳ではなくなりましたが、
小学校に入るまえくらいまではよく見てまして、
わたしも子どもにつきあって見てたのが──
「それいけ!アンパンマン」
です。
先日、
>キクゾウさんは何がしたいんですか?
>これから会社をどんなふうに経営していこうとお考えですか?

──みたいな質問をされたときに、
これ、
就活中の大学生との会話だったんですけども、
ふいにアンパンマンのことが思い出されて、
>アンパンマンといっしょなんですよ。
と、
答えてしまったことがありました。
どういうことか?
ええかっこ言うつもりはないんですけども、
ここ数年は、
誰かのお役に立ちたいなあっていう気持ちが、
年とともにだんだんハッキリ強くなってきていて、
そのために自分には何ができるかなぁと、
そんな殊勝な切り口で日々の行動を考えています。
10年ほどまえには、
そうはいってもまだ自分が大事で、
自分がしんどいときに他人のことをかまっている余裕なんてありませんでしたが、
このごろ、
特に50をすぎてからはちがいます。
自分がしあわせなのはもうあたりまえのことなので、
おつりが来るほどあたりまえにしあわせなんだから、
これを人の世のお役立ちにまわさないとバチが当たる、
と、
こう思うようになってます。
なんとかお役に立ちたいなっていう、
その本気度がだんだん上がってきたところで、
ハッと浮かんだのがアンパンマンだったんです。
アンパンマンはふだんから、
空を飛ぶときに
>誰か困っている人はいませんか?

声をかけながらパトロールしてるんですね。
自分のまわりの身近な人たちのお役に立ちたいと願うなら、
こうでなくっちゃね。
基本的なことなんですけども、
すでに豊かでエネルギッシュでしあわせオーラが漲ってる人を助けようとしても、
これはなかなかむずかしいですよ。
そもそも困ってないんですから。
そりゃ、
どんなに元気な人だって年に何回かは調子を崩すでしょうけど、
なんでわざわざそんな難易度の高いとこ狙うんですか。
お困りごとのあるところにお役立ちのタネがある。
(マーケティング的にいうとニーズとシーズの関係ですよね。)
わたしなんていわば、
ついこないだまで自分が助けてもらいたい側だったわけで、
レスキュー初心者ですからな、
相当な不器用者なんですから。
>ねぇあなた、
>困ってない困ってないって言ったって、
>ほんとはいろいろヤバいことあるんじゃないっすか?
>かっこつけてないで正直に話してごらんさいよ。
>このままほっといたらたいへんなことになりますって。

‥‥なーんて、
不安を掘り起こすような営業トークしてもね、
ほんとうに豊かな人は引っかからないんですから。
それよりも、
もっと明らかに困っている人がいたらお手軽に助けられるワっていう、
アホみたいに単純なことに気づいたわけです。
自分の貯金が100万円あって、
そのうち人に貸せる額が10万円だとしたときに、
あなたの助けてあげたい相手が1億円ほど資産のある人だったとしたら、
どうにもこうにも役に立たんじゃない?
そういうの、
屁のつっぱりにもならないっていうんですよ。
だったらたとえ10万円でも
貸してあげれば泣いて喜んでくれる人を探したほうが早いんじゃないですか?
自分よりモテていて、
結婚してて素敵な家庭があって、
まだそのうえに2人も3人も外に愛人がいるくらいモテモテっていう、
そんな相手に、
別の恋人を紹介してあげる意味がありますか?
あなた自身、
つい最近まで寂しい寂しい、
どうして自分はこれほど出会いに恵まれないのって悩んでたんじゃなかったですか?
だったらあなたと同じように、
なかなか彼氏、彼女が見つからないっていう、
ちょっと残念な人の世話を焼いてあげたほうが喜ばれるじゃないですか。
と、
そう思って探してみると、
いっぱいいるんですよ。
ちょうどいい塩梅に困っている人が。
あくまで、
自分の助けられる範囲かどうか、
レンジの見極めはシビアにやらんといけませんけども、
ですね。
あなたはいくら貸せるか?
手持ちのお金が10万円しかないときに、
1000万円足りずに倒産しかかっている会社を助けようとするのは無茶ですよ。
自分が泳げないのに、
川で溺れている人を助けようとして飛びこんだらダメなんです。
そこはやっぱり、
ベテランのレスキューチームに託さなければ。
あなたもいっしょに溺れてしまったら、
死体の数が増えるだけじゃないですか。
けど、いざというときに、
うまいぐあいにレスキューチームが現れなかったら‥‥?
って
心配されるかもしれませんけどもね、
あなたが心から誰かを助けたいなと願っていれば、
やがては志の近い人が集まってくるもんですから、
いつのまにか心やさしいエンジェルさんたちに囲まれることになります。
なのに、
日ごろから損得勘定で頭が占められていると、
これと反対のことをやってしまうんですね。
っていうか人はふつう、
魅力的な人に近づいていきます。
成功して輝いている人に引き寄せられる。
幸運を恵んでもらえそうな気がするからなんでしょうけど、
だからそこにはうじゃうじゃと人が集まっている。
あなたも無意識に、
まぶしすぎない程度に景気よさげな人のそばに寄っていってるはずです。
講演会かなんかに出かけたときに、
あなたがいちばん最初に名刺交換したい人は誰でしょう?
要領がよくてイケイケな人ほど、
その集まりの中でいちばんお金持ちっぽい人のところへスッ飛んでいきますよね。
すごい嗅覚だなぁと感心してしまいます。
スターにはちゃんと、
身のまわりの世話をするスタッフがいて、
気の利いた贈り物を届けてくれるファンがいて、
プロジェクトを綿密に企画するブレーンもいるし、
うさんくさい儲け話を持ちこむブローカーも次々と現れる。
あなたが出る幕ないんです。
いやもちろん、
チャンスはあるでしょうけど、
それより他にすべきことがあるでしょってことなんです。
あなたが救える相手はそっちじゃない。
レスキュー初心者で、
不器用なわたしですけれども、
そんなわたしでも頼ってくれるクライアント/クライエントが増えてきた。
ビジネスでもプライベートでも、
ファイナンシャルな意味でもスピリチュアルな面でも、
必ず役に立ってやるぞっていう気持ちで事に当たっていたら、
自分にできることが増えてきた。
はじめは本気じゃなくっても、
10年以上ずっと言い続けることの力はこういうところで実感します。
やったことないことに
はじめから本気になれないのはあたりまえ。
ちょっと試しにやってみて、
自分にもできることかどうか、
合っているか、
続けられそうか、
ほんとうに喜んでもらえているか‥‥
みたいなことをぜーんぶ勘案しながら、
だんだん本気になっていくのがどうやらわたしのスタイルのようなんですね。
>人生の楽しみの中で最大最高のものは、
>やはり、人を喜ばせることでしょう。

と、
アンパンマンの産みの親、
やなせたかしさんの言葉にもあります。
あまり詳しくは知りませんが、
この人、
正義や平和や命っていう言葉を、
きれいごとで済まさないところがスゲェです。
アンパンマンだって何だって、
この人の創作物には主義信条が満ちてる。
一九六〇年代に生まれたアンパンマンを、一九七三年に子ども向けの絵本にするとき、一番描きたかったことがある。
「正義を行おうとすれば、自分も深く傷つくものだ。でも、そういう捨て身、献身の心なくして、正義は決して行えない」といことだ。
 正義のために、飢えた人のところまで空を飛んでいって、自分の顔をちぎって食べさせる。だが、そうすることで、アンパンマンはエネルギーを失って失速する。
 こういうカッコ悪い正義の味方を描きたい。そんな思いから、アンパンマンは世の中に出ていった。
 そんなヒーローを、子どもたちは好きになってくれるだろうかと不安だった。
 実際、当初は大不評だった。出版社の編集部からは、「こんな絵本は、もうこれっきりにしてください」と顔をしかめられた。「顔をちぎって食べさせるなんて、残酷です」と手紙が来たりした。
 だけど、めげなかった。
 作者がしっかり愛してやっていればいい。作者の愛情の中で生きているだけでもいい。そう思っていた。やなせたかし「明日をひらく言葉」より

小学校で習ってみんな歌ってた
「手のひらを太陽に」
って、
やなさたかしさんの作詞だったんですね。
ちなみにアンパンマンのエンディングテーマは、
いまはどうか知りませんが、
うちの子が見てたときは
「アンパンマンたいそう」でした。
その歌の中に
>もし自信をなくして、
>くじけそうになったら
>いいことだけ いいことだけ 思いだせ

っていうフレーズがあるんですね。
そこしか覚えてないんですけども、
とても印象深くて耳に残るフレーズです。
で、
めそめそうじうじタイプの息子が、
グズグズ泣いてるときに、
よくこの歌の話をしたんです。
めそめそうじうじタイプは、
ネガティブな気分をわざわざ大げさに膨らまして、
長く引っぱるようなことをしますからね。
>ほらな、
>アンパンマンもな、
>いいことだけ思い出せって言うてたやろ。
>おまえは反対のことしてないか。
>悪いことばっかり何回もブチュブチュ言うてるやろ。
>よう思い出してみ、
>きのうもええことあったやんか。
>な、
>なんやった?
>そのこと聞かしてくれよ。

って。
ここのところの目の向け先がけっこう大事なんだよっていうのを、
折に触れて思い出させようとしてきたし、
もう5、6年前のことですけど、
いまでもときどき言ってます。
息子にしてみたら、
「クレヨンしんちゃん」「ドラえもん」のことは親は言わないのに、
なんでアンパンマンのこの歌のことだけしつこく何回も言われるんやろうって疑問に感じて、
そこが頭にこびりついてくれたらいい。
だからそのうちきいてやろう。
>アンパンマンって、
>なんて言いながら飛んでたか覚えてるか?

って。
おなかがすいた人たちに、
自分の顔をちぎって食べさせてあげるというアンパンマン。
作者の想いがスゲェです。
レスキュー初心者のわたしたちは、
怪我しない範囲でお気楽にお役立ちを考えたらいいと思うんですけども、
それだとどっかで無責任さがあらわれます。
途中まで助けといて、
どっかで手を離さないといけなくなる。
救えるレンジの見極め‥‥なんて、
しょせん、
はじめだけの方便です。
本気で助けるつもりなら、
自分の命も相手も命もどちらも守れるプロになるしかない。
相応のリスクは覚悟したとしても、
ですね。
どんだけ歳をとってヨレヨレに萎びても、
命への執着が弱まるとは思えません。
ますます生きることにしがみつく気がします。
いつ死んでもいいくらいしあわせ100点満点だっていうのと、
現実に死んでもいいと感じることは別物のはず。
どこまでいってもさようならは寂しい。
そんなもん、
楽しめなくていい。
たぶんわたしはとことん生きたい。
──と、
こういう前提を踏まえた上で、
自分の顔をちぎって食べさせてあげるくらいの
覚悟はもっておきたいものです。
びっくりするほど汚い顔でごめんなさいなんですけどね。
人生の楽しみの中で最大最高のものは、
やはり、人を喜ばせることでしょう。
すべての芸術、
すべての文化は
人を喜ばせたいということが原点で、
喜ばせごっこをしながら原則的に愛別離苦、
さよならだけの寂しげな人生を
ごまかしながら生きているんですね。
ぼくの本を読む人、
テレビを見たり
コンサートに来る人には、
心の底から楽しんでほしい。
この世の惨苦、
終わらない戦争、
血まみれの惨劇、
嘘つきの政治家、
金権体質、
すべてをボクは憎悪するけれども、
怒るよりも笑いたい。
ひとときすべてを忘れていたい。
人生なんて夢だけど、夢の中にも夢はある。
悪夢よりは楽しい夢がいい。
すべての人に優しくして、
最後は焼き場の薄けむり。
だれだって同じだから焦ってみても仕方がない。
そう思っています。やなせたかし


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