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アドボカシー経営

マーケティング3.0時代は「アドボカシー経営」が来る!
──というテーマでセミナーを開きました。
要点を整理しますと次のような流れです。
▼ ̄O ̄)ノ
企業や経営者が素っ裸にされる時代になった。
「すべてを知り尽くされる時代」だ。
▼ ̄O ̄)ノ
日本では「スッパダ化」が2011年からじわじわ進行。
 *その理由=ソーシャル+ムービー+スマホ
▼ ̄O ̄)ノ
マーケティングの変遷は
 *1.0=いいものを作れば売れる製品中心のマーケティング
 *2.0=顧客がほしいものを作る顧客中心のマーケティング
 *3.0=世界をよりよい場所にする全人的マーケティング
▼ ̄O ̄)ノ
マーケットが「3.0」に移行してきた背景
 *市場→成熟
 *品質→横並び
 *情報→過剰
 *物質→飽和
 *世の中→難問山積
 ‥‥
人びとは社会の課題を解決して役に立ちたい
→企業の理念やミッション、使命感、ビジョンを問いただそうとする
▼ ̄O ̄)ノ
日本の若者=真性モノばなれ
 *車に乗らない
 *ブランドものいらない
 *スポーツしない
 *お酒も飲まない
 *旅行に出るより自宅で過ごす
 *恋人いらないし結婚もしない
→経済成長に興味ナシ
▼ ̄O ̄)ノ
「3.0」時代は売りこめば売れない。
「企業が人間の幸福にどのように貢献しているかを消費者が認識すれば、
利益は自ずとついてくる」
(コトラー)
▼ ̄O ̄)ノ
「3.0」時代は「理念型経営」がますます重要に。
顧客はクールに情報を集め「確かな心のつながり」を求める。
▼ ̄O ̄)ノ
アドボカシーとはすなわち、
良心にしたがって他者を応援する、
人間としてあたりまえで人間らしい活動のこと。
▼ ̄O ̄)ノ
中小企業はこれからどうしたらいいか?
アドボカシーを実践しよう!
▼ ̄O ̄)ノ
近未来予言=日本は大チャンス→アジアのリーダーへ
▽マネー資本主義崩壊へ
*世界的なパラダイム転換
 →ギリシャのデフォルトは単なる引き金
 →北朝鮮もそのうち崩壊
 →アジアのパワーバランスが組み替わる
*日本では中央集権型の国家システム崩壊
 →「維新」が現実化
 →次世代の若者は経済成長に興味ナシ
 →価値観の大転換へ
▽「精神的に豊かな国」が世界のリーダーに
*おカネの意味が薄くなって‥‥
 →哲理(思想、哲学、原則)‥‥が国家の求心力に
 →資本主義vs社会主義の構図は無意味
 →中国はお金持ちになっても尊敬されず
 →日本は再び「魂の国」となってアジアを引っぱる
アドボカシー経営
アドボカシー経営なんていうコトバ、
聞いたことないですよね?
辞書によると、
advocacyっていう英単語は、
弁護,支持,擁護,支援運動,推薦,唱道
などと訳されます。
わたしはこれを、
「良心にしたがって他者を応援する、
人間らしい活動のこと」


解釈してます。
つまりアドボカシー経営っていうのは、
人を応援する気持ちを真ん中に置いた経営のこと
で、
ってことはつまり、
中小企業家同友会で教わる、
人間尊重の経営

近いかも。
人を、
特に社員を応援する気持ちの経営です。
わたしがこのセミナーのために誂えたようなコンセプトですから、
ほんとうはちゃんとした別の定義があるかもしれませんが、
とにかくわたしはそういう意味で使います。
要するに利他のこと??
‥‥かもしれませんね。
同じようなものかもしれませんが、
別の言い方をするにはそれなりの理由があります。
こんな単語が重要になってきた世界的なトレンドがあるんです。
L(・o・)」
2011年を境に、
マーケティングの「三種の神器」
   ソーシャル × ムービー × スマホ
になった話は
『被写体化』のススメの中ですでに述べました。
個人が調達できる情報の質と量が、
この3つのツールの登場で幾何級数的に増大したことはおわかりですよね?
リアルな体感として心当たりがおありでしょ?
つい2年前(2010年)までは
FacebookYouTube
Android(またはiPhone)も、
日常的に接している人はほとんどいませんでした。
それがいまや、
いつでもどこでも、
誰からでも情報を仕入れています。
しかも、
文字や写真だけじゃなく、
映像をあたりまえのように使う。
すなわち情報が瞬時にヨコに流れる時代です。
なんか知りたいことがあったとき、
フェイスブックの友達に先に尋ねる‥‥
ってことが増えましたよね。
なんか見せたいものがあるときに、
いちばんに報告するのがフェイスブック‥‥
ってことが増えましたよね。
コトラーさんの言葉を借りるなら、
>消費者が企業よりコミュニティ内の見知らぬ他人を信用する時代
です。
ヨコに流れる情報を共有することで、
消費者同士が結びついて強大な力を持つようになった。
「アドボカシー・マーケティング」(グレン・アーバン著)という本の出だし、
第1章のタイトルは──
「すべてが知り尽くされる時代」です。
いままでは第一にモラルの問題として、
>ウソはついてはいけません。

言われてきましたが、
これからは短期的な損得勘定の面からも、
ウソはついてはいけないことになりました。
企業のスッパダ化が進行し、
ウソがすぐに暴露されてしまうからです。
だから近ごろ急にコンプライアンスに神経を尖らせはじめた。
おもてヅラはみんないい子になりますね。
こうなると、
企業はどうやってモノを売っていくのか?
物質的には飽和している世の中です。
市場は成熟、
品質は横並び、
情報は過剰。
日本のゆとり世代は
クルマいらないどころかお金も欲しがらない。
恋人もいらないし結婚もしない。
おまけにお酒もあまり飲みたがらない。
経済大国と呼ばれた国に、
起こるべくして起こった変化でしょうね、
これは。
いまの若ゾウたちは、
もう経済成長に喜びを見いだせない
だって経済成長という課題では、
死ぬまでオトナたちを超えられないんですから。
油で走ってたクルマが電気で走るようになったって、
人生観がくつがえるほどの感動はないんですから。
有史以来初めての
真性モノばなれ

進行してるんです。
モノばなれした若ゾウたちに起こっているのは、
スピリチュアル化
です。
ナイーヴに平等やら自由やらを信じている。
否定をよしとしない教育ムードの中で育ってきていますので、
ガツンと叱られるととたんにボキッ。
口癖のように「心が折れそう」を連発します。
>あ~あ~嘆かわしい!
>とんでもないね、
>いまの若いヤツは。

なんて言う資格はジジイにはありません。
だって、
いまの年寄りたち(わたしも含まれる)は、
借金だけが大きくて夢も大志もない国を残したんですから。
そんな老朽化したモデルの中で、
人財を育てていかにゃならんのが企業の宿命。
家庭が放棄し、学校が放棄した教育を、
企業が放棄しちゃったら国が滅びますもんね。
企業の教育が最後の砦なのじゃ(。・・。)
しかし、
鍛えるっていうアプローチは封印せざるをえません。
厳しくすると基礎体力が身につくまえに潰れちゃうんですから。
そこでアドボカシー経営
社員ひとりひとりの個人的成功を支援する。
応援して、勇気づけて、支えて、
励まして、褒めて、認めて、そして、カネも出す。
会社としてはひたすら肯定。
純度100%の肯定。
外で否定されて「折れそうな心」で戻ってきたら、
また全面支援して立て直してあげる。
愛だろ、愛。
自立するまで根気よく‥‥ですね。
ま、
そのうち踏んでも蹴ってもビクともしなくなるヤツが、
何人かにひとりくらいは出てきます。
けれどそれでも、
こんな若ゾウたちに「経済大国ニッポン」は背負えません。
若ゾウたちが目指す日本は
魂の国 です。
スピリチュアルな日本をつくりたいと願うんです。
>お金なんかなくったって‥‥
心の半分が感じてます。
だから日本経済はもう余命いくばくもない。
人口減少フェイズにある国の経済が発展するはずがない。
やっぱり人間なんてもんはね、
いっぺん痛い目に遭わないと向きを変えません。
東日本大震災でかなり痛い目に遭ったんですが、
あれとこれとは別問題だと思っているフシがありますよね。
心の豊かさ
価値観の重心を移していくことです。
お金儲けをするなという意味ではなく、
けして経済的にも貧乏ではないことが条件なのですが、
ただ、
赤字国債を乱発しながら贅沢な暮らしをするよりは、
プライマリーバランスが黒字になっている範囲で
普通の豊かさを楽しめばいいと考えるんです。
いかにも国際競争力が弱そうな発想ですが、
いまに世界中がそうなっていきますからいいんです。
そんなふうな未来像が見えてくれば、
原発はどうしたらいいのかって答も自ずとはっきりしてますのにね。
日本の中央集権型の国家モデルはもうまもなく破綻します。
そのときに経済面でも手ひどい崩壊を経験することになる。
いちど国としてかなり痛い目に遭うわけですが、
それも学び、
新しい国家観を築くチャンスだと考えるしかないでしょう。
お金があとからちゃんとついてくるモデルをつくるためにも、
心の豊かさに価値観の重心を移すことが大切です。
世界的にそういう方向に進むんだという潮目を読むことが大切。
昭和30年代生まれのわたしだって、
やっぱり貧乏はいやですから、
人間活動に専念しつつもお金がついてくるモデルをつくっています。
というか、
「人間活動に専念する」なんていう変てこなコンセプトが
すでに、
魂の国で儲けるための無意識な布石なのかもしれませんしね。


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