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おもてなし撤廃論──顧客のニーズと自分のウォンツ

儲けにつながるど真ん中のキー

お困りごと
ですよ。
オ、コ、マ、リ、ゴ、ト。
お客さんが何で困ってるか。
売れるか売れないか
は、
つくづくこれ。
この一点に集約できると思いますよ。
お客さんのお困りごとをキャッチして、
解消してあげる。
というか、
誰かのお困りごとを解消してあげたら、
その相手がお客さんになってくれる
という順序かな。
お困りごとに集中できないのはナゼ?
またちょっとパラドキシカルなことをいいますけど、
あなたがお客さんのお困りごとに集中できないのは、
お客さんのお困りごとに集中しようとするから
じゃないですかね?
あなたは子どものころからママや先生に
>わがままはいけないことなのヨ
って教えこまれたばっかりに、
無意識に自分の欲望をセーブして、
お客さんのことを無理して考えようとしてるんじゃないですか?
と、
そんなふうに疑ってみてください。
お客さんのことを想っているようで、
だから結果としてお客さんのことを想っていない。
中途はんぱだから行動に移せない。
勉強熱心でまじめな人ほど、
これは陥りやすい罠。
顧客のニーズをつかめ!
って、
なんでいっつも半ば強制みたいに、
命令形で言われなあかんと思いますか。
勉強会に出ても、
本を買っても、
コンサルタントの先生も、
なんでこんなエラそうに命令されるんすか。
それは、
やっぱりあなたが自己中心的で、
お客さんのことを真剣に考えてないからでしょうね。
自分ファーストで、
顧客本位になってないからでしょうね。
だから経営者失格だといって叱られる。
まじめなあなたは、
叱られて反省して、
いっしょうけんめいお客さんの身になって考えようと努力する。
>やっぱり、
>おもてなしが基本だ。

とかなんとか
気持ちを引き締める。
えらいですね。
でもね、
ウソくさくっていけませんよ。
顧客のニーズ

自分のウォンツ

きちんと分離できてない。
自分のための真人生と、
顧客のためのビジネスが分離できてない。
お客さんと自分、どっちが先?
おなかをすかせた人が、
なにか食べさせてほしいとあなたのところにやってきた。
あなたは、
自分のいちばん得意な料理を出そうとするか。
それとも、
いま何が食べたいかをその人に尋ね、
食べたいというものをがんばってつくろうとするのか。
あるいは、
ニコニコ笑って話しかけ、
心を開いてもらって打ち解けようとするか。
──どのタイプです?
プロダクトアウトマーケットインって、
むかしっからあるマーケティング用語ですけど、
これを平たくいうと
自分がやりたいことをやるか、
人がやってほしがっていることをやるか

です。
どっちがどっちというよりも、
ここの兼ね合いこそがめちゃめちゃ大事なんで、
だからつくづく考えましょうよねって話。
お困りごとに対応するど真ん中のキー

お役立ち
ですよ。
オ、ヤ、ク、ダ、チ。
お客さんの困っていることを解消する。
ビジネスの第一選択肢はこれ。
お金儲けはどこまでいってもこれ。
おもてなしのない文化はあっても、
これは必ずある。
もてなしは不要です
おもてなし
って、
美しすぎて否定しにくいけど、
へーこらしてるわりに儲かってないあんたはそんなもん捨てたほうがいい。
忘れてしまえ。
お困りごと

なんとかしてあげたら、
態度が悪くてもあなたはお金がもらえる。
その事実を学ぶべし。
愛想が悪くてもはやっている飲食店が、
なんぼでもあるでしょ。
もてなしなんかクソって思ったほうがいい。
抑圧されてゆがんだ価値観は、
きれいな道徳観に隠蔽されて先鋭化しやすい。
もてなしやめろっていわれてやめられないなら
あなた、
おもてなし中毒
ですやん。
ほんとうは必須でもなんでもないものを、
それがイチバンなんだと洗脳されてる。
お困りごとにはお役立ち
That’s all.
外国人が、
そんなふうに割り切ってるように見えることがありますよね。
割り切ってるんじゃなくて、
あっちがほんとうなんですよ。
おもてなしって、
ジャパニーズでマイナーでスペシャルな美徳なんです。
高級なブランド品みたいなもんですな。
こころのブランド品。
とりあえずお金がほしいあなたには無縁なものであって、
よけいな不純物です。
きっとあなたも自己チュウです
程度の差はあっても、
あなたも自己中心的な人間のはず。
自分が徹底的にしあわせになってないと、
お客さんのしあわせのために働いていて、
どっかでしんどくならないかな?
しあわせに波があって、
去年はしあわせだったけど今年は不幸だ‥‥
みたいな、
ヘタなダイエット中の体重みたいなしあわせは
しあわせのうちに入りませんよ。
ずっぽりしあわせの渦にまきこまれて抜けられないって感じで、
右も左もしあわせで、
どうにもこうにもしあわせのしあわせまみれになって、
そのしあわせを
まわりにおすそわけしたいなって気持ちがあふれる。
あくまで順序としては自分がイチバン。
百歩ゆずって自分がイチバンじゃないとしても、
自分の愛している人がイチバン。
そこでまさか
お客さんがイチバンってことはないでしょ?
ところが商売の道では、
お客さんがイチバンだとされてるんで、
そこで価値観が混乱してしまうんです。
経営の原理原則は、
あなたがいまどのくらいしあわせかなんて考慮してくれませんもん。
>経営者でしょ
って。
>自分の都合なんかどうでもいいから、
>お客さんのことイチバンに考えなさいよ

って
教わる。
いやそれより社員がイチバン
って教わることもあるけどね。
でもあなたは、
心底お客さまのお困りごとに自分の手間と時間を捧げられるほど満たされてないし、
社員満足にも本気になれない。
そんなことで煩わされるくらいなら自分のことを考えたい。
お客さまや社員より大切な、
自分の家族や愛人のこと考えたい。
お客さんなんて、
しょせん他人なんだしね。
顧客のニーズ

すっきり自然にフォーカスしたかったら、
自分のウォンツ

そこと切り離すことですよ。
わがままでトンガって、
まずは自分がとことんしあわせになることです。
ビジネスはビジネス、
プライベートはプライベートできっちり線を引いてますから‥‥

なんて、
頭の中では分けられても気持ちがこもらなきゃしんどいんですよ。
心が、
そこまで単純にごまかされることはない。
ガキのころから人並み以上にわがままで、
人間失格みたいな言われ方して、
ずいぶん叱られて反発してきたわたしですけれど、
もしかしたらそれがよかったのかも

いまになって感じるんです。
わがままを極めることのメリットは
まず自分が徹底的に腹いっぱい食って満腹になったら、
もしかして、
他のヤツに食い物を分けてやろうっていう気持ちになるチャンスがあることです。
ならないかもしれませんけど、
わたしの場合はわがままに飽きました。
中途はんぱじゃなくてよかった。
自分はどうしたいか、
自分の想いはどんなんか、
自分が仕事するのはなんのためか、
自分は家族を愛しているか‥‥
自分、自分、自分‥‥
どこまでも自分中心の人生だったんですけど、
自分がおなかいっぱいになったら、
ちゃんとまわりのことを無理なく自然に考えて、
見返りなんかあってもなくても関係なしに、
まわりのために動けるようになってきた。
顧客のニーズ

自分のウォンツ

分離できた。
きれいに分離できてくると、
奇妙なことに、
けっきょくこのふたつは近づいてくる。
わざわざきれいごとで
お客さまのため
なんて肩肘張らなくても、
それが
自分のため

ニヤリーイコールで結びつくとわかるので、
頭の中でも気持ちの上でも
分け隔てがない感じになる。
自分のいちばん得意な料理を出したら、
それがお客さんのいちばん食べたいものだった──

なる。
ごちゃまぜになるのではなくて、
分離できてるから、
一体のものとして分け隔てがなくなっても違和感がない。
いっぱい稼いでいっぱいお金もってるのに幸せじゃない人っていうのは、
ここのバランスが取れてない人。
お客さまのために身を粉にして働いてるわりにお金がたまらない人っていうのは、
ここのバランスが取れてない人。
なんかおいしいもの

自分が食べても子どもたちが食べても
同じくらいハッピー。
娘も息子もかわいくて大好きだから、
大好きな子どもたちがおいしいもん食べてハッピーなら同じようにハッピー。
自分が食べる以上に
もっともっとハッピーかも。
てことは、
自分が成功してもお客さんが成功しても、
同じくらいハッピーになれる?
う~ん?
うん?
まだそこまでは‥‥
家族とお客さんを同列に並べられるところまでは進化してないので、
だからまだこの程度のステイタスなんですけど、
たぶんこれからそういうふうになっていくのだろうし、
だからもっと儲かっていく。
顧客のニーズにフォーカスするとは
自分の想い、
心のベクトルをはっきりさせるのは、
いっぽうで
顧客の現実にどっぷり意識を向けるためですよ。
ごちゃまぜにして
どっちも中途はんぱになることが、
けっきょくいちばんまぬけだと思うでしょう?
これからもこれまでも、
いまも、
商品が売れなくて業績が上がらなくて、
ずっとしんどいなら、
自社の既存の商品や自分自身からいちどフォーカスを外して
>誰でもええから困ってるヤツを探そ!
ってことにしたらどうですか。
お困りごとのあるところにカネはある。
これほど明白は原理原則はないのに、
わかっててもそのとおりに動けないのはなぜでしょう?
がんばってきたのに報われない自分にいつまでもウジウジ執着してるから、
この商品をなんとか売らないとダメだって気になってる。
自分も見えてないし相手も見えてない状態。
ただもがいているだけで、
どこにも出口がない。
顧客は誰か?
って問いかけを、
既存の商品ありきで考えるか、
あるいは、
自分には執着するべきものは何もない、
ゼロベースなんだ、
自由なんだ、
相手さえよければいいんだ、
顧客が喜ぶことがイチバンなんだと考えるか。
で、
答はぜんぜんちがってきます。
自分のことはもうじゅうぶん

思える境地に
早くたどりついてください。
まわりを元気づけるつもりで生きられる。
他者に関心を払うってことが、
無理にではなしに自然にできてくるためには先にそれ。
そういう「つもり」を先に立てることが肝心なんです。
わたしは自分がわがままなので、
わがままじゃない人の気持ちはよくわかりません。
けど、
わがままを責められているうちに気づいたのは、
まわりもたいがいわがままだったってことです。
うまくごまかしてるだけやん!

思いました。
わがままなわたしはそういえば、
つい数年前まで、
もてなしなんて考えたこともなかった。
製造業の家系だったためか、
愛想よくニコニコするより、
不良品を出さないことのほうが大事なんだっていう、
そんな無言の家風があったのかも。
起業してから10年は、
すなおに頭を下げた記憶がありません。
むちゃくちゃですけど、
でも、
お金はちゃんとあります。
ストレートにわがままだったおかげで、
自分をパーフェクトにしあわせにすることを最優先課題にできた。
おかげで
お客さまのお困りごと
いまは素直に向きあえて、
お役立ちとわがままのバランスを保ってる。
キャパシティの大小はさておき、
他人の痛みが自分の痛みのように感じられる。
どうですか?
顧客のニーズ

すっきり自然にフォーカスするために、
自分のウォンツ

切り離すってことの意味、
なんとなく伝わってます?
ニーズウォンツのちがい
とか、
使い分けについては、
きょうのところはこだわらなくてよろしい。
利他の精神もたいがいにしとけ
ときどき、
自分は飢えていても他人のしあわせを先に考える
っていう、
すばらしすぎて意味がわからない人がいますけど、
経営者がそんな精神性に染まってはいけませんよね。
ゆがんでいるのか、
病んでいるのか、
お人好しなのか、
根っからマザーテレサなのか、
現実逃避なのか、
やけくそなのか、
末は政治家になりたいのか、
ペイフォワードを曲解しているのか、
とにかくそんな姿勢は経営者には必要ない。
自分のしあわせに感謝できるようになるまでは、
どこまでいっても自分がイチバン。
そうじゃないと、
ビジネスでは顧客がイチバンっていう原則を受け入れられない。
「超」がつくくらい一流になって、
腐るほどお金を持つと、
変テコな気分になって宗教家みたいなことを言い出す例があるみたいですけど、
あの人らから見たら中小企業なんてクソみたいな存在なんですから、
クソみたいな存在だから中小企業なんですから、
身も心もクソでよろしい。
クソが心だけ清めても、
せいぜいまわりの5、6人を食わせていくくらいの経済力しかないでしょ。
安売りの愛人しか囲えない。
身の丈をわきまえろってことじゃないですか。
じゃあ
お客さまは神さまです
は、
どう解釈すんの?
って‥‥
どっちでもええですやん、
そういうのは。
レトリックというか言葉の遊びというか、
場面と脈絡でなんとでも解釈が変わる。
自分がパーフェクトにしあわせなら、
神さまがイチバンでもお客さまがイチバンでも、
なんでもOK。
みんなひとつで同じなんだから、
順序をつける必要もなくなる。
洗脳されて口先だけでおもてなしがイチバンっていってる立派そうな人、
ややこしいからつきあうのやめたほうがいいですよ。
わがままだって極めれば立派な美徳
自分がおなかいっぱいになったら、
次は必ずまわりの人もいっしょにしあわせにしてあげようっていう、
そこの責任は背負うと決めとくんですよ。
自己犠牲をゼロにできない気の毒な人格をおもちの方は特に、
わがままの美徳を見直してくださいよ。
食っても食ってもなんぼでもまだ自分が食いたい
っていう、
際限のない欲望は
いくら寛容な神さまだって許しません。
>おカネがほしいんです。
>目的はおカネなんです。


いいかもしれないけれど
>いくらでもほしい!!
じゃない。
だいたい
お金って目的じゃないでしょ?
なんかの手段のはずでしょ?
札束なんて眺めてても酔えないし、
おなかがすいたからって札束にソースかけて食ったりしないでしょうし、
いくらお金を愛してるからって札束とセックスできませんよ。
あの世までもってくこともできないんだから、
生きているうちに誰かを喜ばすことに使いましょうよ。
愛人優先でももちろんいいけど、
家族でもいいし、
できることなら社員にももっとあげましょう。
社員にくれてやるくらいなら被災地復興のために寄付します?
ま、
いいですそれでも。
何も考えてなきゃあ、
相続のルールが法律で決まってますので、
あなたの財産は家族のものになりますよね。
家族に遺産を残すのも大事ですけど、
たくさん残しすぎたらボケますよ。
う~ん?
あれ?
お金は手段か目的かって話になると、
なんか急に気持ちが脱線してしまったぞ。
このテーマは次回にまわそう。
ニーズが見えにくい理由
なんぼ愛している家族でも、
自分のウォンツとベクトルが合ってなかったらしあわせじゃないこともありますね。
たとえば、
あなたの息子がネコを飼いたいといいだした
けど、
あなたはネコが好きではない。
たまたま立ち寄ったペットショップでだっこさせてもらって、
あんまりかわいいんで一目惚れしてしまった。
ウォンツはわかりやすい。
ネコを飼ってくれとだだをこねる
息子さんのほんとうのニーズはなんなんでしょうね?
学校と塾と家の三角地帯に閉じ込められて、
息苦しくてしかたがないのかもしれませんよね。
ネコを飼うか飼わないかっていうのと、
彼のお困りごとには
直接の関係はないのかもしれませんよね。
ニーズは往々にして、
表面的に伝えられるウォンツの裏に隠されて見えない。
そこに気づくことができるか。
足るを知る
ってこと
を、
満ちるってことを知ってください。
>ああ、
>もうこれですべて足りてる。
>これ以上なーんもいらん。
>いつ死んでも悔いはないくらい充足してるな

と、
そこまでたどりついてください。
そうすれば、
お客さんの気持ちにぴったり寄り添うことができてくる。
お金はあまり関係ないです。
しょせん、
気のもちよう
ですから。
たかが気のもちようっていったって、
こいつが奇跡を起こしてくれるんですから侮れない。
しっかりその位置に、
自分があるんだとわかったら、
さ、
ビジネスです。
あなたにはあなたのしあわせがあるように、
お客さんにはお客さんのお困りごとがあります。
そう考えると、
社会が変動するとき、
外的環境が大きく動くときっていうのは例外なくチャンスなんです。
決まった国家予算の中で、
法律が変わったり税制が変わったり、
規制が生まれたり消えたりするわけですから。
誰かにメリットが出るってことは、
別の誰かに必ずデメリットが出る。
直近の例でわかりやすいのは配偶者控除ですよね。
たまたま扶養控除廃止は見送りになりましたけど、
もし廃止が実現していたら‥‥
大量のお困りごとが誰かに発生することになっていた。
税制なんて、
わたしらが詳しく知らないだけで毎年改正が行われている。
そういう情報をマメにキャッチして、
誰が困ることになるかをイチ早く見抜いたら、
そのお困りごとを抱えることになる人たちが安心できる商品を考える。
それが順序。
もう自分のことなんてどうでもいいじゃないですか。
どうころんでもしあわせなんですから、
ここからむこうはビジネスですって割り切ってもだいじょうぶなんで、
ずっぽりどっぷりお客さんのお困りごとに寄り添ってあげましょうよ。
じいさん、ばあさん、子育てママ、お金持ち、学生、
観光客、趣味で乗馬やってる人、
宝塚歌劇のファン、糖尿病を患ってる患者さん、
歯医者、コンビニのオーナー、家を売りたい人‥‥
かたっぱしから考える。
そこそこお金のある人が、
たくさんいっぺんに困るような状況ほど、
大きなお金になるのはまちがいないわけで、
つまりそういうおいしいところは大きな資本がもっていくから、
まあまあお金ある人がまあまあ困るようなゾーンに着眼して‥‥
探して見つけて行動を起こす。
24時間ずっとそばにいてあげられるくらいの気持ちになれたら、
どんな人からも頼りにされて、
全財産を託されたっておかしくないですよね。
がんばりましょr(^ω^*)))


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