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おもてなし撤廃論──顧客のニーズと自分のウォンツ

儲けにつながるど真ん中のキー

お困りごと
ですよ。
オ、コ、マ、リ、ゴ、ト。
お客さんが何で困ってるか。
売れるか売れないか
は、
つくづくこれ。
この一点に集約できると思いますよ。
お客さんのお困りごとをキャッチして、
解消してあげる。
というか、
誰かのお困りごとを解消してあげたら、
その相手がお客さんになってくれる
という順序かな。
お困りごとに集中できないのはナゼ?
またちょっとパラドキシカルなことをいいますけど、
あなたがお客さんのお困りごとに集中できないのは、
お客さんのお困りごとに集中しようとするから
じゃないですかね?
あなたは子どものころからママや先生に
>わがままはいけないことなのヨ
って教えこまれたばっかりに、
無意識に自分の欲望をセーブして、
お客さんのことを無理して考えようとしてるんじゃないですか?
と、
そんなふうに疑ってみてください。
お客さんのことを想っているようで、
だから結果としてお客さんのことを想っていない。
中途はんぱだから行動に移せない。
勉強熱心でまじめな人ほど、
これは陥りやすい罠。
顧客のニーズをつかめ!
って、
なんでいっつも半ば強制みたいに、
命令形で言われなあかんと思いますか。
勉強会に出ても、
本を買っても、
コンサルタントの先生も、
なんでこんなエラそうに命令されるんすか。
それは、
やっぱりあなたが自己中心的で、
お客さんのことを真剣に考えてないからでしょうね。
自分ファーストで、
顧客本位になってないからでしょうね。
だから経営者失格だといって叱られる。
まじめなあなたは、
叱られて反省して、
いっしょうけんめいお客さんの身になって考えようと努力する。
>やっぱり、
>おもてなしが基本だ。

とかなんとか
気持ちを引き締める。
えらいですね。
でもね、
ウソくさくっていけませんよ。
顧客のニーズ

自分のウォンツ

きちんと分離できてない。
自分のための真人生と、
顧客のためのビジネスが分離できてない。
お客さんと自分、どっちが先?
おなかをすかせた人が、
なにか食べさせてほしいとあなたのところにやってきた。
あなたは、
自分のいちばん得意な料理を出そうとするか。
それとも、
いま何が食べたいかをその人に尋ね、
食べたいというものをがんばってつくろうとするのか。
あるいは、
ニコニコ笑って話しかけ、
心を開いてもらって打ち解けようとするか。
──どのタイプです?
プロダクトアウトマーケットインって、
むかしっからあるマーケティング用語ですけど、
これを平たくいうと
自分がやりたいことをやるか、
人がやってほしがっていることをやるか

です。
どっちがどっちというよりも、
ここの兼ね合いこそがめちゃめちゃ大事なんで、
だからつくづく考えましょうよねって話。
お困りごとに対応するど真ん中のキー

お役立ち
ですよ。
オ、ヤ、ク、ダ、チ。
お客さんの困っていることを解消する。
ビジネスの第一選択肢はこれ。
お金儲けはどこまでいってもこれ。
おもてなしのない文化はあっても、
これは必ずある。
もてなしは不要です
おもてなし
って、
美しすぎて否定しにくいけど、
へーこらしてるわりに儲かってないあんたはそんなもん捨てたほうがいい。
忘れてしまえ。
お困りごと

なんとかしてあげたら、
態度が悪くてもあなたはお金がもらえる。
その事実を学ぶべし。
愛想が悪くてもはやっている飲食店が、
なんぼでもあるでしょ。
もてなしなんかクソって思ったほうがいい。
抑圧されてゆがんだ価値観は、
きれいな道徳観に隠蔽されて先鋭化しやすい。
もてなしやめろっていわれてやめられないなら
あなた、
おもてなし中毒
ですやん。
ほんとうは必須でもなんでもないものを、
それがイチバンなんだと洗脳されてる。
お困りごとにはお役立ち
That’s all.
外国人が、
そんなふうに割り切ってるように見えることがありますよね。
割り切ってるんじゃなくて、
あっちがほんとうなんですよ。
おもてなしって、
ジャパニーズでマイナーでスペシャルな美徳なんです。
高級なブランド品みたいなもんですな。
こころのブランド品。
とりあえずお金がほしいあなたには無縁なものであって、
よけいな不純物です。
きっとあなたも自己チュウです
程度の差はあっても、
あなたも自己中心的な人間のはず。
自分が徹底的にしあわせになってないと、
お客さんのしあわせのために働いていて、
どっかでしんどくならないかな?
しあわせに波があって、
去年はしあわせだったけど今年は不幸だ‥‥
みたいな、
ヘタなダイエット中の体重みたいなしあわせは
しあわせのうちに入りませんよ。
ずっぽりしあわせの渦にまきこまれて抜けられないって感じで、
右も左もしあわせで、
どうにもこうにもしあわせのしあわせまみれになって、
そのしあわせを
まわりにおすそわけしたいなって気持ちがあふれる。
あくまで順序としては自分がイチバン。
百歩ゆずって自分がイチバンじゃないとしても、
自分の愛している人がイチバン。
そこでまさか
お客さんがイチバンってことはないでしょ?
ところが商売の道では、
お客さんがイチバンだとされてるんで、
そこで価値観が混乱してしまうんです。
経営の原理原則は、
あなたがいまどのくらいしあわせかなんて考慮してくれませんもん。
>経営者でしょ
って。
>自分の都合なんかどうでもいいから、
>お客さんのことイチバンに考えなさいよ

って
教わる。
いやそれより社員がイチバン
って教わることもあるけどね。
でもあなたは、
心底お客さまのお困りごとに自分の手間と時間を捧げられるほど満たされてないし、
社員満足にも本気になれない。
そんなことで煩わされるくらいなら自分のことを考えたい。
お客さまや社員より大切な、
自分の家族や愛人のこと考えたい。
お客さんなんて、
しょせん他人なんだしね。
顧客のニーズ

すっきり自然にフォーカスしたかったら、
自分のウォンツ

そこと切り離すことですよ。
わがままでトンガって、
まずは自分がとことんしあわせになることです。
ビジネスはビジネス、
プライベートはプライベートできっちり線を引いてますから‥‥

なんて、
頭の中では分けられても気持ちがこもらなきゃしんどいんですよ。
心が、
そこまで単純にごまかされることはない。
ガキのころから人並み以上にわがままで、
人間失格みたいな言われ方して、
ずいぶん叱られて反発してきたわたしですけれど、
もしかしたらそれがよかったのかも

いまになって感じるんです。
わがままを極めることのメリットは
まず自分が徹底的に腹いっぱい食って満腹になったら、
もしかして、
他のヤツに食い物を分けてやろうっていう気持ちになるチャンスがあることです。
ならないかもしれませんけど、
わたしの場合はわがままに飽きました。
中途はんぱじゃなくてよかった。
自分はどうしたいか、
自分の想いはどんなんか、
自分が仕事するのはなんのためか、
自分は家族を愛しているか‥‥
自分、自分、自分‥‥
どこまでも自分中心の人生だったんですけど、
自分がおなかいっぱいになったら、
ちゃんとまわりのことを無理なく自然に考えて、
見返りなんかあってもなくても関係なしに、
まわりのために動けるようになってきた。
顧客のニーズ

自分のウォンツ

分離できた。
きれいに分離できてくると、
奇妙なことに、
けっきょくこのふたつは近づいてくる。
わざわざきれいごとで
お客さまのため
なんて肩肘張らなくても、
それが
自分のため

ニヤリーイコールで結びつくとわかるので、
頭の中でも気持ちの上でも
分け隔てがない感じになる。
自分のいちばん得意な料理を出したら、
それがお客さんのいちばん食べたいものだった──

なる。
ごちゃまぜになるのではなくて、
分離できてるから、
一体のものとして分け隔てがなくなっても違和感がない。
いっぱい稼いでいっぱいお金もってるのに幸せじゃない人っていうのは、
ここのバランスが取れてない人。
お客さまのために身を粉にして働いてるわりにお金がたまらない人っていうのは、
ここのバランスが取れてない人。
なんかおいしいもの

自分が食べても子どもたちが食べても
同じくらいハッピー。
娘も息子もかわいくて大好きだから、
大好きな子どもたちがおいしいもん食べてハッピーなら同じようにハッピー。
自分が食べる以上に
もっともっとハッピーかも。
てことは、
自分が成功してもお客さんが成功しても、
同じくらいハッピーになれる?
う~ん?
うん?
まだそこまでは‥‥
家族とお客さんを同列に並べられるところまでは進化してないので、
だからまだこの程度のステイタスなんですけど、
たぶんこれからそういうふうになっていくのだろうし、
だからもっと儲かっていく。
顧客のニーズにフォーカスするとは
自分の想い、
心のベクトルをはっきりさせるのは、
いっぽうで
顧客の現実にどっぷり意識を向けるためですよ。
ごちゃまぜにして
どっちも中途はんぱになることが、
けっきょくいちばんまぬけだと思うでしょう?
これからもこれまでも、
いまも、
商品が売れなくて業績が上がらなくて、
ずっとしんどいなら、
自社の既存の商品や自分自身からいちどフォーカスを外して
>誰でもええから困ってるヤツを探そ!
ってことにしたらどうですか。
お困りごとのあるところにカネはある。
これほど明白は原理原則はないのに、
わかっててもそのとおりに動けないのはなぜでしょう?
がんばってきたのに報われない自分にいつまでもウジウジ執着してるから、
この商品をなんとか売らないとダメだって気になってる。
自分も見えてないし相手も見えてない状態。
ただもがいているだけで、
どこにも出口がない。
顧客は誰か?
って問いかけを、
既存の商品ありきで考えるか、
あるいは、
自分には執着するべきものは何もない、
ゼロベースなんだ、
自由なんだ、
相手さえよければいいんだ、
顧客が喜ぶことがイチバンなんだと考えるか。
で、
答はぜんぜんちがってきます。
自分のことはもうじゅうぶん

思える境地に
早くたどりついてください。
まわりを元気づけるつもりで生きられる。
他者に関心を払うってことが、
無理にではなしに自然にできてくるためには先にそれ。
そういう「つもり」を先に立てることが肝心なんです。
わたしは自分がわがままなので、
わがままじゃない人の気持ちはよくわかりません。
けど、
わがままを責められているうちに気づいたのは、
まわりもたいがいわがままだったってことです。
うまくごまかしてるだけやん!

思いました。
わがままなわたしはそういえば、
つい数年前まで、
もてなしなんて考えたこともなかった。
製造業の家系だったためか、
愛想よくニコニコするより、
不良品を出さないことのほうが大事なんだっていう、
そんな無言の家風があったのかも。
起業してから10年は、
すなおに頭を下げた記憶がありません。
むちゃくちゃですけど、
でも、
お金はちゃんとあります。
ストレートにわがままだったおかげで、
自分をパーフェクトにしあわせにすることを最優先課題にできた。
おかげで
お客さまのお困りごと
いまは素直に向きあえて、
お役立ちとわがままのバランスを保ってる。
キャパシティの大小はさておき、
他人の痛みが自分の痛みのように感じられる。
どうですか?
顧客のニーズ

すっきり自然にフォーカスするために、
自分のウォンツ

切り離すってことの意味、
なんとなく伝わってます?
ニーズウォンツのちがい
とか、
使い分けについては、
きょうのところはこだわらなくてよろしい。
利他の精神もたいがいにしとけ
ときどき、
自分は飢えていても他人のしあわせを先に考える
っていう、
すばらしすぎて意味がわからない人がいますけど、
経営者がそんな精神性に染まってはいけませんよね。
ゆがんでいるのか、
病んでいるのか、
お人好しなのか、
根っからマザーテレサなのか、
現実逃避なのか、
やけくそなのか、
末は政治家になりたいのか、
ペイフォワードを曲解しているのか、
とにかくそんな姿勢は経営者には必要ない。
自分のしあわせに感謝できるようになるまでは、
どこまでいっても自分がイチバン。
そうじゃないと、
ビジネスでは顧客がイチバンっていう原則を受け入れられない。
「超」がつくくらい一流になって、
腐るほどお金を持つと、
変テコな気分になって宗教家みたいなことを言い出す例があるみたいですけど、
あの人らから見たら中小企業なんてクソみたいな存在なんですから、
クソみたいな存在だから中小企業なんですから、
身も心もクソでよろしい。
クソが心だけ清めても、
せいぜいまわりの5、6人を食わせていくくらいの経済力しかないでしょ。
安売りの愛人しか囲えない。
身の丈をわきまえろってことじゃないですか。
じゃあ
お客さまは神さまです
は、
どう解釈すんの?
って‥‥
どっちでもええですやん、
そういうのは。
レトリックというか言葉の遊びというか、
場面と脈絡でなんとでも解釈が変わる。
自分がパーフェクトにしあわせなら、
神さまがイチバンでもお客さまがイチバンでも、
なんでもOK。
みんなひとつで同じなんだから、
順序をつける必要もなくなる。
洗脳されて口先だけでおもてなしがイチバンっていってる立派そうな人、
ややこしいからつきあうのやめたほうがいいですよ。
わがままだって極めれば立派な美徳
自分がおなかいっぱいになったら、
次は必ずまわりの人もいっしょにしあわせにしてあげようっていう、
そこの責任は背負うと決めとくんですよ。
自己犠牲をゼロにできない気の毒な人格をおもちの方は特に、
わがままの美徳を見直してくださいよ。
食っても食ってもなんぼでもまだ自分が食いたい
っていう、
際限のない欲望は
いくら寛容な神さまだって許しません。
>おカネがほしいんです。
>目的はおカネなんです。


いいかもしれないけれど
>いくらでもほしい!!
じゃない。
だいたい
お金って目的じゃないでしょ?
なんかの手段のはずでしょ?
札束なんて眺めてても酔えないし、
おなかがすいたからって札束にソースかけて食ったりしないでしょうし、
いくらお金を愛してるからって札束とセックスできませんよ。
あの世までもってくこともできないんだから、
生きているうちに誰かを喜ばすことに使いましょうよ。
愛人優先でももちろんいいけど、
家族でもいいし、
できることなら社員にももっとあげましょう。
社員にくれてやるくらいなら被災地復興のために寄付します?
ま、
いいですそれでも。
何も考えてなきゃあ、
相続のルールが法律で決まってますので、
あなたの財産は家族のものになりますよね。
家族に遺産を残すのも大事ですけど、
たくさん残しすぎたらボケますよ。
う~ん?
あれ?
お金は手段か目的かって話になると、
なんか急に気持ちが脱線してしまったぞ。
このテーマは次回にまわそう。
ニーズが見えにくい理由
なんぼ愛している家族でも、
自分のウォンツとベクトルが合ってなかったらしあわせじゃないこともありますね。
たとえば、
あなたの息子がネコを飼いたいといいだした
けど、
あなたはネコが好きではない。
たまたま立ち寄ったペットショップでだっこさせてもらって、
あんまりかわいいんで一目惚れしてしまった。
ウォンツはわかりやすい。
ネコを飼ってくれとだだをこねる
息子さんのほんとうのニーズはなんなんでしょうね?
学校と塾と家の三角地帯に閉じ込められて、
息苦しくてしかたがないのかもしれませんよね。
ネコを飼うか飼わないかっていうのと、
彼のお困りごとには
直接の関係はないのかもしれませんよね。
ニーズは往々にして、
表面的に伝えられるウォンツの裏に隠されて見えない。
そこに気づくことができるか。
足るを知る
ってこと
を、
満ちるってことを知ってください。
>ああ、
>もうこれですべて足りてる。
>これ以上なーんもいらん。
>いつ死んでも悔いはないくらい充足してるな

と、
そこまでたどりついてください。
そうすれば、
お客さんの気持ちにぴったり寄り添うことができてくる。
お金はあまり関係ないです。
しょせん、
気のもちよう
ですから。
たかが気のもちようっていったって、
こいつが奇跡を起こしてくれるんですから侮れない。
しっかりその位置に、
自分があるんだとわかったら、
さ、
ビジネスです。
あなたにはあなたのしあわせがあるように、
お客さんにはお客さんのお困りごとがあります。
そう考えると、
社会が変動するとき、
外的環境が大きく動くときっていうのは例外なくチャンスなんです。
決まった国家予算の中で、
法律が変わったり税制が変わったり、
規制が生まれたり消えたりするわけですから。
誰かにメリットが出るってことは、
別の誰かに必ずデメリットが出る。
直近の例でわかりやすいのは配偶者控除ですよね。
たまたま扶養控除廃止は見送りになりましたけど、
もし廃止が実現していたら‥‥
大量のお困りごとが誰かに発生することになっていた。
税制なんて、
わたしらが詳しく知らないだけで毎年改正が行われている。
そういう情報をマメにキャッチして、
誰が困ることになるかをイチ早く見抜いたら、
そのお困りごとを抱えることになる人たちが安心できる商品を考える。
それが順序。
もう自分のことなんてどうでもいいじゃないですか。
どうころんでもしあわせなんですから、
ここからむこうはビジネスですって割り切ってもだいじょうぶなんで、
ずっぽりどっぷりお客さんのお困りごとに寄り添ってあげましょうよ。
じいさん、ばあさん、子育てママ、お金持ち、学生、
観光客、趣味で乗馬やってる人、
宝塚歌劇のファン、糖尿病を患ってる患者さん、
歯医者、コンビニのオーナー、家を売りたい人‥‥
かたっぱしから考える。
そこそこお金のある人が、
たくさんいっぺんに困るような状況ほど、
大きなお金になるのはまちがいないわけで、
つまりそういうおいしいところは大きな資本がもっていくから、
まあまあお金ある人がまあまあ困るようなゾーンに着眼して‥‥
探して見つけて行動を起こす。
24時間ずっとそばにいてあげられるくらいの気持ちになれたら、
どんな人からも頼りにされて、
全財産を託されたっておかしくないですよね。
がんばりましょr(^ω^*)))

利益とは何か

9月が終わろうとしています。
早いもんです。
12月決算のわが社にとっては、
1年の4分の3が終わったことを意味していますが、
実は今期のわが社、
いまのところ赤字なんです。
残るは第4クォーター、
あと3か月。
みなさんならこういうとき、
きっと何か手を打つんでしょうね。
だって、
このままの調子だと赤字なんですから。
何か特別なことを考えようとしますよね。
わたしの習性はちがうんです。
心の中に焦りが生まれてくるのがわかるので、
まず何よりも第一に、
その焦りに従わないことに気をつけます。
従わなければ弱められるんですから。
てことは、
ますます何もしないことになります。
焦りが収まって、
ああもう何がどうなっても安心だっていう平常心に置き換わるまでは‥‥
ですね。
そんなことで心が乱されるくらいなら、
赤字になったほうがマシだっていうか。
こんな妙な習性、
あなたとは正反対じゃないですか。
一切がこんな調子だから、
変人だ異端だと笑われてしまうのかもしれませんが、
まぁでも実際、
こんなふうにして10年以上、
赤字になってないんですから。
わたしの言うことにも一理あると思っていただければさいわい。
さて、
今日のテーマは、
利益とは何か
です。
経営理念のところでも説明しましたが、
利益をどのように考えるか

お尋ねしたほうが正確かもしれません。
この問いかけは、
自分自身の考え方を整理する上でキモ中のキモ。
その答に、
あなたの姿勢があらわれます。
さあ、
どう答えましょうかね?
偏差値の高い優等生さんなら、
ネットで検索して、
利益は手段だ、目的だ、いや、条件だと、
模範解答を見つけ出してくるかもしれませんけども。
はいはい。
ご苦労さん。
われわれ中小企業家は、
答がひとつしかない問題を解くのは苦手
それでけっこう。
答が何通りもある課題と日にちまいにち向きあって、
ああかなこうかな、
やっぱりこれじゃなくってあれだよなっていうふうに、
問いかけ続けることが得意でありたい。
儲けるっていうのはどういうことか。
かっこよく答えられなくてよいので、
他の人とはちがう、
自分なりの答を用意しておきたい。
何年かまえに用意した答と、
いまの答がちがってたりするのがまた楽しい。
そういえば
ある先輩経営者の答はこうでした。
利益とは、
経営者の人間力を数値であらわしたもの
ですって。
いままでわたしが聞いた中でも、
特に印象的で「かっこええな」と思いましたね。
(かっこええなとは思っても同意はしてませんけど。)
じゃあ、
現在52歳のわたしなりの答はどんなもんか
っていうと、
利益はごほうび
です。
自分なりの答っていうわりには、
松下幸之助さんが言われてたことと同じなんですけど、
パクったわけじゃくて、
たまたま似てただけです。
まわりのみなさんにちゃんと喜んでいただけて、
世の中のために貢献することができてますよというしるしのごほうび。
基本的に、
おカネはあとからついてくるもの
っていうふうに思ってます。
そして、
あとからついてくるおカネたちの中でも、
いちばん最後にやってくるのが利益だと思っているんです。
ただし!
ここからが肝心。
利益は最後についてくるものだが、
最初に描くものでもある

ってことを
強調しておきたいんです。
よろしいですか。
描くだけですよ、
最初は。
直接的に追いかけるものではない
っていうニュアンス、
伝わってますでしょうか。
期首に経営指針書を作成しますね。
会社の1年間の方向性について、
あるいは社員ひとりひとりのあり方について、
その中で描いてありますよね。
利益についても、
そこで描いておくんです。
描いたらおしまい。
あとは日々みんなで、
まわりの人に喜んでいただくことに専念する。
余計なことは何も考えなくってもいい。
利益は想念だけで出せるものです。
本来は
わざわざ出すものっていうより出てしまうのがあたりまえなものだ
っていうほうが、
より真理に近いかもしれません。
もし、
期末に描いたとおりの利益が出なかったとしたら、
どっかで手抜きしてサボってたんじゃないかとか、
やり方がまちがっていましたねっていうメッセージ。
いずれにしても、
はじめの描き方が不十分だったってことを教えてくれているんです。
じゅうぶんに喜んでいただいてないわけですから、
ごほうびはおあずけ。
第三四半期が終わったところで赤字ってことは、
ここまでのところで、
どっかで手抜きしてサボってたか、
やり方がまちがってたか。
焦るより先に、
静かにふりかえることにします。
はじめの描き方が不十分だったことがわかったとしますと、
いまさらじたばたしたって実質的な赤字は避けられません。
すべての責任は自分にあるんですから、
あれこれ社員に八つ当たりで指図するまえに、
自分の想念チェックが先なんですよね。
ベストを尽くしてきたことが確かなら、
やっぱり数字はついてくるはずなんです。
贈り物は期日までにきっと届く。
いつもよりいっそう感謝しながら、
楽しみに待つことにしましょう(≡^∇^≡)

コンセプトメイキングで奇跡が起きた?

「S+T」(エスとティー)っていう名前の、
坂の上のバーの話をしましょう。
コンセプト

ついての説明

これからしたいのですが、
へたくそかもしれませんので、
まず、
わかりやすそうな事例を挙げてみますね。
つい2、3年まえまでは、
ちっともはやってなかったバーが、
いまはとっても繁盛してますよって話です。
「S+T」っていうバー、
なんせ坂の上にあるもんだから、
ちょっと一杯やりたいときに、
街灯もない細い山道を5分ほど歩いて登らないといけない。
駅からだと20分近くかかる。
開業時にマスターがそこを選んだのは、
とにかく家賃が安かったから。
安直すぎる動機ですけど、
現実にはよくあること。
静かな林の中にある山小屋風のバーで、
雰囲気はすごくいいんだけれど、
最初は友だちにずいぶん責められた。
>飲食店は立地が8割!
>そこはケチったらあかん。
>そんな不便なとこ誰も来んやろ。
>オレらもしんどいしな。
>特に女のコが来てくれへん。
>足もと真っ暗やし。
>女のコに人気のない店は絶対はやらへんねん。
>やめとけ!

‥‥ボロクソだったんですなぁ ┐(-。-;)┌
でも、
他では味わえないレアなワインやバーボンを豊富に取り揃えておけば、
ヘビーなファンがきっとリピータになってくれるはず‥‥

マスターは考えた。
家賃が安いことに加え、
ちょうど木陰で日の当たらない倉庫が裏にあるので、
酒の置き場には困らない。
それが強みになると考えた。
でも実際には、
やっぱりお客さんは集まらず。
来る日もくるひも閑古鳥。
あっというまに開業資金が底を尽き、
1年ちょっとで廃業の危機を迎えます。
追い詰められたマスターが
コンセプトメイキング
というような言葉を知っていたかどうか

定かではありませんが、
とにかくそこで閃いた。
疲れた大人の逃避行シェルター
っていうコンセプトが
閃いた。
>そうや!
>ここは逃げ場なんや!
>逃げるときは誰だって遠くへ逃げるやないか。
>人目につかないところへ逃げるやないか。
>ここは職場からも家からも遠い。
>だから、
>逃げ場っていうことにしたらええんや!

──そう閃いた。
>疲れた大人なら、
>よけい坂なんか登らんぞ。

と、
ふつうの感覚ならそう突っこむところだが、
当時はマスター自身の脳もよっぽど疲れてて、
自分が逃げ出したいくらいだったから、
坂でも梯子でも風呂屋の煙突でも登ったんでしょう。
閃き(ひらめき)ってすばらしい。
そしてそれから数ヶ月。
あにはからんや、
疲れた大人たちがちょっとずつ集まりはじめた。
実際には「疲れた大人」というよりも、
才能が豊で売れる一歩手前のクリエイターっぽい層だった。
閃き(ひらめき)ってすばらしい。
たったこのひとつのヒラメキで、
青息吐息だったマスターの創作エンジンが蘇った。
新しいコンセプトにしたがって、
お店の内装を少しずつ変えていった。
本人いわく、
退廃的で混沌とした脱出口のイメージを演出するために、
刷毛にふくませたペンキを壁や床にぶちまけた。
奥にいくつかあるテーブル席は、
黒い金網と段ボールで作ったオブジェで仕切って、
独房のようにカウンター席から隔離した。
メニューも変わった。
ワインやチーズの種類が減ったかわりに、
焼酎と乾き物が増えた。
グラスのサイズもでっかくなった。
宣伝広告費は下がった。
‥‥というか、
もともとそんなにかけてなかったが、
いまは1円も出してない。
なんどか雑誌に取り上げられるうちに、
意外なことに女性ファンが増えてゆき、
その中のひとりがスタッフとしてお店で働くことになった。
商売繁盛めでたしめでたし。
(≡^∇^≡)
──さてこの事例、
お店のコンセプト

あとづけ
だったってことに注目していただきたい。
こじつけ
といってもいい。
開業当時は、
コンセプトと呼べるようなものはなかったのに、
追いつめられたおかげで知恵が出た。
スペック──ここではお酒の種類とかおしゃれな雰囲気──
は、
むしろ下がっていることにも注目してほしい。
機能的価値

変わってない(むしろダウン)が、
意味的価値

上がることによって売上が伸びましたよっていう、
そんな事例であることに注目していただきたい。
モノは同じなのにコトが変わると売れ方が変わるっていうか、
そんな奇跡みたいなことが起きる裏側には、
ほとんどといっていいほど
コンセプトメイキング

かかわっているんですよっていう話
なんです。
酒を飲むっていう行為自体は何も変わらない
のに、
「あなたはなぜここに来て酒を飲まなければならないか?」

説明されると、
酒の味が変わる‥‥かどうかわかりませんが、
そこに足が向くことに納得性が生まれる。
>なんかこの店さぁ、
>地味っていうか暗いっていうかさぁ、
>オシャレっぽくないんじゃない?

なんてクレームは誰も言わない。
さあ!
じゃあいったいぜんたい
コンセプト
ってなんなんだ?
‥‥っていうことになるんですけど、
ことばの意味とか定義につきましては、
実にいろんな方が、
いろんな解釈をされております。
ひらめき一発で、
既存のサービスが大化けして、
爆発的なヒットにつながって、
マジで何億円かの利益が生まれるかもしれない‥‥
ということで、
コンセプトメイキング専門
みたいなコンサルタントもたくさんおられます。
ですので詳しくは、
そういう方の解説を参考にしていただくとして‥‥
できれば!
コンセプトってものを常に意識しておいてほしい。
何をするにも
はじめにコンセプトありき!
っていうくらい、
コンセプトメイクを習慣にしておいていただきたい。
大きな企業の商品開発では、
そんなのあったりまえですよって感じでコンセプトが先に立つ。
コンセプトが明確じゃなければ社内の稟議も通らない。
書類に目を通してもらうことすらできないかもしれない。
寝ても覚めてもコンセプト、
コンセプト、コンセプト、コンセプト‥‥
そのくらい大騒ぎなもんなんです。
が、しかし、
ここは中小企業の国なので、
ちょっと事情がちがいます。
コンセプトメイクもいいんですけどね、
ただ作ればいいってもんじゃない。
コンセプトにブレがないこと。
一貫してブレないコンセプトメイキング
こそが大切なんです。
だからやっぱり組織のよりどころ
経営理念から先に固めてほしいわけなんですよね。
そもそもなんのために経営しているのか──
っていう想いがきちんと整理されて、
そこからコンセプトにつなげる。
でないと一発屋で終わってしまうことになりかねません。
短期決戦でドカーンと売上をアップさせた実績のあるコンサルタントは、
ほぼ例外なくコンセプトメイキングで勝負してます。
起死回生の一発逆転が狙えるのも確か。
マーケットのニーズを読むセンスがあれば、
前後の脈絡なく単発で自在に打てるのがコンセプトメイクの便利なとこ。
アウトソースしたり社員に丸投げすることもできます。
だから逆にコワい。
ムードだけで中毒になります。
コンセプト型の成功は目立ちますからね。
往々にして、
コンセプトで稼いでいる人たちから見れば、
経営理念なんてもん、
まどろっこしいらしい。
経営指針書づくりをきっちりやって、
その過程で自社の強み(USP)が明確になって、、
重要課題のひとつとしてコンセプトメイキングが出てきましたよ
っていう順序のはずなんですけど、
それがどうもまどろっこしいらしい。
マーケット本位じゃないとかなんとか。
脳のタイプがちがうんです。
コンセプトにふりまわされないためには、
そこのところの差異を、
よく把握しておかれるとよいでしょう。
ちなみに、
さっきのバーの事例なんですけど、
店名の「S+T」っていうのは、
ほんとうは、
マスターの息子と娘のイニシャルです。
智史(さとし)くんと智子(ともこ)ちゃん。
ところがいまでは、
ショップカードやマスターの名刺に
疲れた大人の逃避行シェルター
Sick and Tired

なんて書いてあるんで、
常連さんはみんな、
これの略だと思ってる。
でも、
コンセプトが当たったおかげでマスターはすっかり元気回復、
元気すぎるほど絶好調で、
ぜんぜんsickでもtiredでもありません。
そこが運命のおもしろいとこ。
こんなこともあるんですからねぇ、
いいんですよ。
コンセプトは、
こじつけあとづけ
でもいい。
ビギナーズラックっていうのもあるし、
まぐれあたりもあるんですから、
コンセプトづくりはやらないよりやったほうが絶対にいい。
アウトソーシングでもいいし、
部下に任せてもいい。
>バリューの創造って、
>こういうことだったのかしら?

って、
何かひとつでも気づけたらいい。
コンセプトメイキングことはじめ

「いま、ここ」から。

売るのをやめたら売れていく

今回もまた、
パラドキシカルな対処法っぽい話をひとつ。
売るのをやめたら売れていく
‥‥という、
いつもながらナンセンスでばかばかしい話なので、
よい子のみんなはマネしないでね(≡^∇^≡)
あなたはこれとは反対に
売らなければ売れるはずない
と思いこんでいますよね?
そしてまた明日も、
つらい販売促進会議に招集されていませんか?
だとしたら、
売らなければ売れない想いに長いあいだ苦しめられて、
心がボロボロに疲れている恐れもありますね。
売らなければ、売らなければ、売らなければ‥‥
と、
いそがしく動きまわるアタマをしばし休めて、
マーケティング
ってもんを考えてみませんか?
──っていうのが、
わたしからの今日の提案です。
 これまでマーケティングは、販売に関係する全機能の遂行を意味するにすぎなかった。それではまだ販売である。われわれの製品からスタートしている。われわれの市場を探している。これに対し真のマーケティングは顧客からスタートする。すなわち現実、欲求、価値からスタートする。「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を問う。「われわれの製品やサービスにできることはこれである」ではなく、「顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足がこれである」と言う。
 実のところ、販売とマーケティングは逆である。同じ意味でないことはもちろん、補い合う部分さえない。もちろんなんらかの販売は必要である。だがマーケティングの理想は、販売を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。P・F・ドラッカー「[エッセンシャル版]マネジメント──基本と原則」より

最初にドラッカーのこの言葉に接したときは衝撃でした。
売らないのがほんとうなのかも
‥‥と
ビビッと来た。
というか、
それまでもなんとなくそうじゃないかと感づいていたことを、
こんなに気持ちよく
>逆だ!
と言い切っていただけるとは L(・o・)」
ドラッカー教授のこのスカッとした言葉が、
わたしがマーケティングの仕事を始めるきっかけとなりました。
売ってこい!
売ってこい!
売らねばならぬ!!
と、
わたしの短いサラリーマン経験の中で、
販売目標を与えられてケツをたたかれた期間がちょっとだけあります。
成績はまんざらでもありませんでしたが‥‥
まったく向いてませんでした・゚゚・(×_×)・゚゚・。
そこに少しでも喜びを見いだせたら、
セールスマンとしてやっていけてたのかもわかりませんが、
ちっとも燃えませんでした。
売ってこい!
という会社の指令が、
お客さんの買いたい気持ちより先にある気がして、
押し売りみたいでイヤでした。
もう30年近く昔のことで、
商売のイロハもわからないガキでしたが、
実はいまでも販売は必要最低限しかやってません。
売らなくても売れていく
──そのしくみづくりのほうが好きなので、
売らないでやっていくほうに賭けてるんです。
あー、
きっと今日も数え切れないくらいの営業マンが、
販売目標に届かないグラフを鼻先に突きつけられ、
見えないノルマを背負わされ、
もうちょっとがんばれ、
達成までチャレンジするんだ、
支店の記録を塗り替えるんだ、
と、
少しずつ神経を削られているんでしょうなあ。
もしあなたが該当者なら、
くれぐれもお大事になさってくださいね。
神経ってね、
わりとあっさり切れちゃうんですから。
プチッて。
油断してると急にやられますから。
ヤバいなって感じたら逃げるのもありですから。
販売マーケティングの関係は、
イカダを動かす2つの動力に似ている気がするので、
かなり大切なバランス感覚
いつも意識しています。
販売するっていう姿勢が、
櫂を漕いでイカダを進める努力に近い

思えてしかたがないんですね。
つまりマーケティングのほうは、
帆に風を受けて進む知恵ですから、
潮目や風向き読む努力が必要になります。
真のマーケティングは顧客からスタートするんですから。
(自分が)何を売りたいかではなく、
(相手が)何を買いたいか


読まなければなりません。
これはビジネスを離れた日常生活でも同じことなんですけど、
やっぱり大半の人間は自己中心なんですね。
>わたしはこんな素敵なもの持ってます。
>わたしはこんなにすごいことできます。
>わたしは‥‥
>わたしは‥‥
>わたしは‥‥

ですよね。
知らず知らずのうちに
誰も彼もが「わたしは‥‥」なんです。
>あなたはもしかして、
>こんなことでお困りなのではないですか?

とはきかない。
それはわたしも同じでして、
自分でももう恥ずかしいくらいの病気なんです。
なんの病気か?
あっちから見たこっちが見えない症候群
なんですね。
お客さまから見たあなたは、
相手がそっと悩みを打ち明けようとしてもガサガサとせわしなく、
自分のカバンから出してきたパンフレットを広げてパッパーッとしゃべりだす。
──そんなふうなんです。
ほんとうにこれは他人事ではありません。
販売不振の会社の9割がこの症候群に冒されていると断言できる。
ですから、
経営指針書でこの病気を治療してください。
外部環境分析のページで手抜きせず、
市場動向や競合他社についてのリサーチを真剣にやってください。
あなたがいま取り組むべきことは、
販売なのかマーケティングなのか。
そこ、
はっきりさせましょうよ。
もちろんどっちも必要だとしても、
ですよ、
両者のちがいをきちんと理解して、
頭の中で作戦を組み替える必要があるんです。
そして日常生活においては、
自己中心性を削ぎ落とす努力を怠らないように。
相手の望みに合わせて、
自分のやりたくない仕事をしなければならない
という意味ではぜんぜんありませんよね。
あなたの「売りたい」とお客さんの「買いたい」が一致する場所がある
ってことですよね。
愛と感謝の経営を「いま、ここ」から(≡^∇^≡)

横軸連携

経営改善の決め手は「横軸連携」にあり!
──というテーマで自社主催セミナーを開きました。
タイトルからはわかりにくいのですが、
マーケティング感度を向上させるセミナーです。
経営改善の決め手は横軸連携にあり
テキストは「コトラーのマーケティング3.0」
この本の概要を紹介するだけでも
1000円くらいの価値があったんじゃないかと思いますが‥‥。
キーワードはです。
タテヨコの
ヨコ
なんです。
今日、
信頼は縦の関係より横の関係に依存している。
消費者は企業より他の消費者を信頼している。
  **
企業が打ち出す広告を信頼する消費者は減っている。
消費者は新しい信頼できる広告形態として、
クチコミに期待している。
  **
消費者が専門家よりも ソーシャル・ネットワーク上の見知らぬ他人を信頼している。フィリップ・コトラー「コトラーのマーケティング3.0」より

わかります?
消費者が横につながって、
情報が横に流れる時代になってきたということなのです。
フェイスブック(Facebook)をいじっていると
たしかにそういう横方向のつながり方を実感しますよね。
わかりやすく言うとですね、
あなたがモノを買うときにですね、
数年前までだったらテレビのコマーシャルを見たり
雑誌の広告を見たりして欲しくなったら買ってました。
企業(=売り手)が上から流す情報に反応していたわけなんです。
ところが、
いまの情報源はネットが主役。
企業(=売り手)がマスメディアを使って流すコマーシャルには反応せず、
あなたの友人や知人がソーシャルメディアを通じて横から流した
パーソナルな情報に影響を受けるっていうことなんです。
フェイスブックで友だちがおいしそうなラーメンの写真を載せているのを見て、
>おおっ!
>そういや今日のオレは、
>「はやらせ屋」のラーメンとギョーザが食いたいんだったわ

とかなんとか、
自分の欲しいものを友だちに教えてもらって思い出したかのような、
妙な購買行動を取ることが激増しているんです。
グルメだけじゃなく、
旅行でも、本でも、着るものでも、
クルマでも、セミナーでも、薬でも、
友だちからの情報だとなんか安心してしまって買ってしまう。
クチコミっていうのは確かに、
インターネットがなかった時代から個人消費に大きな影響力をもってたけれど、
それはあくまで半径ウン百メートル以内っていうような閉じた輪の中の話。
なんてったって、
個人が情報を発信する手段なんてなかったんですから。
ところが、
ソーシャルネットワークの普及とともに、
クチコミの影響力が何十倍にも膨れあがってんじゃないのっていうわけ。
そうだとするならば‥‥
それを見越したマーケティングを実践すればいいわけですね。
情報を横に流すイメージです。
ヨコ流し(ё_ё)
消費者に向かってあなた(=売り手企業)から直接メッセージを送るのではく、
まず別のだれか──チャネル・パートナーとか──にストーリーを語り、
そのストーリーに共鳴したパートナーがまた別の誰かに伝え、
またその共鳴が次の誰かに伝わっていく‥‥
みたいな流れです。
次から次へ情報が拡散していくっていうところが、
ソーシャルメディアによるマーケットの変化です。
マーケティング3.0の時代には、
営業して、PRして、みずからがみずからを売りこむ‥‥
っていう姿勢は
ますます受け入れられなくなるんです。
「営業マン」「販売会議」という言葉がまだ社内に残っているのなら、
いますぐ廃止して死語にしてしまいましょう。
 営業マン → マーケター
 販売会議 → マーケティング会議

っていうように。
そういうことのひとつひとつが、
マーケティング感度を高める文化づくり
全社で取り組みはじめるキッカケになるでしょう。
商品やサービスは
売れていくもの
というイメージを描くところが重要です。
自身はミッションを明確にし、
ストーリーを語るだけで、
あとはプロシューマーを含むチャネル・パートナーさんに
売っていただく。
そのイメージが売れていくしくみづくりの一部となるのです。
社内マーケターは、
みずから企画したプランで市場にストーリーを語りかけ、
反応の強弱を実感するという試行錯誤をくりかえしながら、
ときには痛みをともなう経験則を積み上げることでしか
自己のマーケティング感度を磨くことができません。
磨くべき能力を下の4つにまとめました。
いずれも座学ではなく 実体感によってしか身につかないスキルです。
  1. 人々を感動させるストーリーを紡ぐ
  2. チャネル・パートナーに対してブランド・ストーリーを演出する
  3. チャネル・パートナーとしてサプライヤ会社に口説かれて共鳴する
  4. チャネル・パートナーとしてコミュニティと接触しサプライヤ会社の製品が見つかりやすくする

この4つのスキルを磨くグループワークがメインのセミナーでした。

「被写体化」のススメ

今年(2011年)から、
被写体化(ヒシャタイカ)

ぐっと大切になります。
聞いたことない言葉ですね?
わたしが言い出したもんですからな ε=( ̄。 ̄;)
被写体化
とは、
カメラとかビデオの被写体に
自分自身が積極的になろうという意味です。
経営者は会社の顔なので言うまでもないのですが、
現場スタッフのひとりひとりに至るまで、
被写体になることを推奨しましょう。
尻込みしてはいけません。
沈黙は禁です。
写真では伝えられる情報量はかぎられていましたが、
これからは動画によるメッセージ伝達があたりまえになります。
顔を見せる+声を出す
身ぶり手ぶりや立ち居ふるまいまで、
しっかり磨いてしっかり見ていただく。
その気持ち。

マーケティングの三種の神器

ソーシャル × ムービー × スマホ

時代になり、
ネット上では
「文字」によって伝えられる情報量が↓減↓

「動画」によって伝えられる情報量が↑増↑

なります。
発信する側から言うと、
書いた文字を読んでもらうよりも、
顔を出し、声を出し、
動きで伝えるメッセージを重視すること。
情報発信より情動発信というコンセプトへ
シフトしていくこと。
だから写るんです(。・・。)
いっぱい写すし、写る。
プレゼン能力も、
もちろんそれなりに磨く。
積極的に活用してほしいツールは
Facebook × YouTube × Android + Skype
で、
どれも被写体化と関係していますよね。
デジカメとかビデオカメラにかける予算をケチってはなりません。
自分(経営者)、自社の商品、社員、顧客の表情‥‥

写して、
それをアップする。
自社サイトのトップページには、
  1. 全責任を取る自分
  2. 活き活きはたらく自社スタッフ
  3. 喜びに満ちた顧客

この3つのうちのいずれかをガツーンと載せてください。
静止画でもよいですが、
もちろん動画のほうがよろしいでしょう。
そのなかでも
「顔」(表情)と「声」を伝えることがとても大切。
くどくど商品説明を並べ立てるよりも、
その商品を使って満足している顧客の笑顔のほうが説得力がありますから。
スマホさえあれば、
その笑顔をFacebookやらYouTubeで紹介することができる。
誰にでもお手軽にそれができるようになったのが2011年ってことですね。
この流れは確定的であってもう止まりません。
ただし文字(テキスト)は、
検索エンジン対策のために絶対必要であって、
そっちを手抜きしていいという意味ではないので誤解のないように。
では最後にもういちど言います。
沈黙は禁!