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もっと聞き上手になるには

刺激と反応の間にはスペースがあり、
そのスペースをどう生かすかが、
私たちの成長と幸福の鍵を握っている。
スティーブン・R・コヴィー「7つの習慣」より

「7つの習慣」は、
うちの社員に借りて読みました。
いい本だ、いい本だと、
彼女がしきりに話題にするもんですから、
何社かで集まって勉強会を開いたこともあります。
さすがベストセラーのビジネス書だけあって、
いいことが盛りだくさんすぎて、
人によって印象深いポイントや仕事への活かし方がばらばらでしたけど、
わたしはとにかく上記の一文に激しく食いついてしまったんです。
元の出典は、
ヴィクトール・E・フランクルっていう、
オーストリアの精神科医の言葉でした。
Between stimulus and response there is a space. In that space lies our power to choose our response. In our response lies our growth and our freedom.

第二次世界大戦中、
ナチスによってアウシュヴィッツに送られ、
強制収容所に囚われた極限の体験記録、
「夜の霧」の著者です。
わたしはこの言葉から、
もう30年近くまえに読んだジョージウエインバーグの本を思い出しました。
Self Creationのことは
このサイトのかなり大切な原則でも触れたことがありますが、
同じ著者が書いた
The Action Approach(邦訳書は絶版「自己発見の行動」
っていう古い本の一節です。
 Two characteristics apart from the strength of the impulse may make an activity difficult to stop. The first is insignificance. Habits difficult to identify may be surprisingly hard to break. When it is easy for us to smuggle our indulgences past the censor of consciousness, we have less control over an activity than when we can identify it easily. There are cigarette smokers, even inveterate ones, for whom it would be harder to stop a habit like gesticulating or bitting a lip than to stop smoking. With smoking lighting a match to a cigarette, which is conscious act, provides a cue that can be used as a reminder; and certainly, buying a pack of cigarettes is an act that gives us time to reflect on whether we’ll smoke. With gesticulating or bitting lip, we have no such reminders. from “The Action Approach” by Dr. George Weinberg

以下に、わたしなりの意訳を試みました。
それをする自分がいやで、止めたい癖があるにもかかわらず、
なかなか止められない状況
を思い浮かべてください。
<<
 したくてたまらないという衝動的な欲求を別とすれば、変えたい習慣があるのにどうしても変えられない理由には2つの側面があります。
 そのひとつは、どうでもいいことだという感じです。こまかすぎて確認しにくい癖は、驚くほど変えにくいのです。意識のセンサーを簡単にかいくぐる行動は、自覚しやすい行動に比べてコントロールが効きません。ヘビースモーカーがタバコをやめるのはたいへんですが、それよりも、話すときに手を動かしたり唇をかんでしまう癖を止めるほうがもっとたいへんだというのです。
 なぜなら、タバコを吸うときには、タバコに火をつけるという意識的な動作が、止めたい習癖の存在を思い出させてくれます。もっといえば、タバコを買うという行為が、タバコを吸うのを思いとどまるチャンスを与えてくれます。ところが、話すときに手を動かすとか唇をかむことの場合、思い出させてくれるきっかけがないのです。
>>
「7つの習慣」「夜と霧」の趣意とはぜんぜんちがうんですけど、
とにかくわたしの脳裏にはこれが浮かんできた。
長くて難解な引用になりましたが、
この中で着目してほしい語句は、
censor of consciousness
(意識のセンサー)
であり
reminder
(思い出させてくれるきっかけ)
です。
刺激と反応のあいだのspace(スペース)

狭すぎて、
意志の力
では
どうすることもできない
っていうポイントと向きあいたいんです。
別のたとえをすれば、
体重を20キロ落とすより、
貧乏ゆすりを止めるほうがむずかしい

みたいな話をしたいのです。
わたしたちが自分の行動を変えようとする場合、
意志の力

たいていものは変えられます。
ところが、
反射的にやってしまうこと
つまり、
刺激を受けたときに、
意識のスピードよりも速く外に出てしまう反応は、
どうにもこうにもコントロールできない。
この悔しさ、忌々しさを、
いったい何年引きずったことでしょうか。
今回わたしは、
聞き上手
っていうテーマを取りあげたいわけなんですが、
ここまでの長い引用のいったいどこが、
人の話を聞く
っていうことと関係しているのか?
猛烈にまわりくどい順序になってしまいましたが、
これからきちんと説明しますね。
キーワードは
space(スペース)
です。
当社の経営指針書では、
最重要の経営課題として、
つねに、
社内のコミュニケーション問題が取り上げられております。
ところがわたしはといえば、
人の話を最後まで聞かないことを
社員にしょっちゅう注意されてます。
>あ、また、
>途中で止めましたよ。
>どうして最後まで聞いてやらないんですか?

とか、
>いまのその言い方、
>相手の発言を否定したことになりますよ。
>気がつかないんですか?

って。
何回もキツく叱られるんですけど、
見捨てず根気よく指摘してくれる社員がいてくれて、
ほんとうにありがたいことです。
すごく感謝してますが、
それにしてもこれほど何回も何回も、
くりかえし同じことばっかり注意されていて、
しかも当の本人(つまりわたし)も、
気をつけて直そうと真剣に努力しているのに、
なかなか改まらないのはなぜか。
どれだけ苦しんでも、
なかなか変われない。
できなさすぎて悔しい‥‥。
スペース‥‥
刺激と反応のあいだの
スペース

狭いんですね、
あまりにも。
みなさんには
こんな心当たりはありませんか?
>人の話を聞くっていうのはとっても大切なことなんだからな、
>しっかり聞いてあげよう!!

なんて力んでみても、
ふと気がつけば口を差しはさんでいる。
求められてもいない「答」
示さないといけないかのような錯覚に陥って、
>それはつまり、
>こういうことでしょ。

などと、
勝手にまとめてしまっている。
パッと浮かんだことがもう
即座にポロッと口から出てしまうから
コントロールのしようがない。
>いや、でもね、
とか、
>それよりもね、
って、
まばたきするよりすばしこい信号が頭に
パッ
で、
よけいなひとことが口から
ポロッ
と。
落ちついている気分のときですらそうですから、
ちょっとイライラしてしまうともう収拾がつきませんよね。
>あなたそう言うけどさ、
>それ、
>期限までにホントに実行できんの?

>ちょっとは採算のこと考えたん?
って。
これで社員さんたちの自由な発想がバッサリ閉ざされます。
ペシャッと萎えてしまう。
悲しいことですよ、
これは。
社員さんたちに意見を出してほしくって
ミーティングやってるのに。
上司がみずからその道を閉ざす。
あなたの発言はたったひとこと、
ほんの一瞬。
でもそれで閉ざされた部下の可能性は、
永久にとはいわないまでも、
何年も思い鉄のフタをかぶせられて陽が当たらない。
悲しすぎません?
活発に議論したいし、
アイデアも多いほうがいい。
だから口先ではね、
>積極的になんでもどんどん言ってくれよ。
>ふだん感じていることとか気づいたこと、
>いっぱいあるよね。
>みんなで出し合って、
>ほらほら、
>検証しあおうよ!

なんて明るくね、
引きだそう引きだそうとしてるはずなのに、
現実には
場を仕切っているリーダーのあなた自身がつぶしてる。
llllll(-_-;)llllll
ちょうどそれは、
まさにこんな感じじゃないでしょうか。

話をしているとき、
ほとんどの人は理解しようとして聞いているのではなく、
答えようとして聞いているのだ。
話しているか、
話す準備をしているか、二つにひとつである。
聞いている話をすべて、
自分のパラダイムというフィルターを通して、
自分の自叙伝を相手に映し出しているだけである。
例えば、
「そうだ、そうだ、気持ちはよく分かるよ」とか、
「私も同じ経験をしたんだよ。それはね‥‥」といった具合である。
このような人々は、
常に自分のホームビデオをほかの人の生活に映写している。
接するすべての人々に、
自分がかけている眼鏡をかけさせようとする。
   ***
どちらもお互いに理解されたいと思っている。
しかし、
会話は独り言を言っている者同士で展開し、
相手の中で何が起きているのか、
最後まで本当に理解することができない。
スティーブン・R・コヴィー「7つの習慣」より

どうです?
心に刺さるものがありませんか?
「7つの習慣」のうちの第五の習慣「理解してから理解される」にある文章です。
llllll(-_-;)llllll
こういう悲しい現実に無頓着で、
反省も努力もしてないのは
問題外
でしょうね。
たったひとこと

重みや怖さを顧みようとせず、
コミュニケーションをナメてるとしたら、
その時点でリーダー失格。
いや‥‥
まあ、もしかしたら
大物なのかもしれませんけどね。
>結果さえ出しゃあ文句ねえだろ!
じゃ
ねえだろ。
わたしがここで訴えたいのは、
わかっちゃいるけど変えられない
っていう、
苦悩のレイヤだ。
唇をかむクセを止めるのは、
タバコを止めるよりむずかしい。

この事象の意味についてだ。
日々、
相手の話にちゃんと耳を傾けよう

と、
今日こそは
話の腰を折らないでおこう

と、
そう自分に言いきかせても、
ついうっかり、
というか
半ば無意識に‥‥
>あのねぇ

口から出てしまう。
信号が頭に
パッ
で、
口から言葉が
ポロッ
と、
出てしまう。
パッ‥‥
ポロッ‥‥
──この反応は反射的なんだ
っていうところが、
きわめて重要。
思い出させてくれるきっかけ
なく、
意識のセンサー
いとも簡単にすり抜けられる。
刺激から反応までのスペースが、
ないに等しいんです。
だからこの手の発言は、
なかなか止められない。
┐(-。-;)┌
が、
それでも方法はあるんだ
と、
わたしは申しあげたい。
たったひとつ、
刺激と反応のあいだの
スペース

広げていく
という道があるんだ
と。
じゃあ、
それはいったいどうやって?
(ё_ё)?
わたしは、
そのスペースは広げられるものだと思っているし、
訓練の方法も知っているつもりです。
神経反射調節できるもの
なんですからな。
この点については、
また別のところで解説させていただくとして、
意識のセンサー

すりぬけたアクションを
神経
止める。
痛快でしょ。
わたし自身がまだ未熟で、
この訓練の途上ですからな、
>わたしはこれで、
>人の話がちゃんと聞ける人間になりました。

なんて、
そんな大それたことを言うつもりは毛頭ありません。
それどころか、
聞き上手
っていうのは、
一生かかってもそのコツすらつかめるかどうかわからない、
尊い特質だと思っています。
ただ、
ひとつ確実にお伝えしたいのは、
日々着実に自分が向上している実感
です。
訓練の成果は、
日々あらわれているんです。
参考までに、
「7つの習慣」によると、
感情移入のスキルは次の4段階──
1‥話の中味を繰り返す
2‥話の中身を自分の言葉に置き換える
3‥相手の感情を反映する(※右脳を活用し始める)
4‥内容を自分の言葉で言い、同時に感情を反映する(※第2と第3の段階を合わせる)

──ってことで、
文字にするとカンタンなんですね、
やっぱりね。
聞き上手になるためのスキルみたいなもんを、
技巧というニュアンスのテクニックとして身につけようとしても、
きっと失敗します。
技巧の手前に
スペース

あります。
そのもっと手前に
こころ

あります。
「7つの習慣」にも、
ちゃんとそこのことは書いてあります。
感情移入のスキルを紹介したのは、
スキルがすべての習慣の大切な一要素だからである。
スキル自体は持たなければならない。
しかし、繰り返し言いたいのは、
スキルは誠心誠意理解したいという気持ちに基づいていなければ効果を上げない、
ということである。

だから、
聞き上手への訓練は、
必ず
心のお手入れとむすびつけながらやりましょう。
耳に入ってくる刺激に対して、
愛のない姿勢で迎え撃てば、
その反応はいちいち否定的なものになりますから、
けして聞き上手にはなれません。
不器用でもいいから愛はもっとこうよ
ってことなんです。
聞き上手になるためには、
あなたがあなたの自叙伝を離れるエゴの解体が必要で、
つまり
人格改造級のヘビーな取り組みが必要なんだよ
ってことは聞き上手になるにはのページで述べました。
この訓練は、
聞き方のようで話し方のようでもあり、
でもやっぱり
こころの姿勢の問題なんです。
旅に出ましょう。
執着解脱の旅

ひとつの答があります。
マインドフルネス──「いま、ここ」に。


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