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競争と勝ち負け

人に×をつける作業なんて、
できることならしたくないもんです。
つけられるのはもっといやですよね。
いやじゃないのかな?
人って、
評価されるのっていやだけど、
でもやっぱり評価されたい気持ちもたっぷりあって、
けっきょくSなんだかMなんだか。
人事評価とは、
ある面では採点であり、
待遇の良し悪しは数値であらわされます。
評価から相対的な尺度をなくすことは不可能で、
そこには厳然と比較が生まれ、
比較される側は否応なく競争に巻きこまれます。
競争

勝ち負け

意識しない日常になってから、
もうずいぶん長い年月が経ちました。
評価されることから無縁の生活だといっていいと思います。
あなたは、
いっぱいをもらってる人ですか?
×をつけられてもわりと平気なほうですか?
どのくらい凹みます?
エニアグラムの性格分類でタイプ8番

圧倒的に優勢なわたしは、
自分の運命は自分で決めたい。
他人に評価されて、
あっち行けこっち行けと指示されたくない。
×をつけられるのが、
よっぽどいやだったんでしょうね。
いまでもいやなんでしょうけども‥‥
勝ったら良くて負けたらダメ
という尺度を持ちこまないように心がけていたら、
何年か経つうちに、
やら×やらをつけられることがなくなりました。
現実問題としては、
他人の評価や社会の評価は免れるべくもなく、
自分あるは自社がだいたいどんな評価を受けているかは知ってますけども、
そこに煩わされることがなくなったということです。
商売で競争といえばまず浮かぶのは価格競争ですけども、
類似サービスの価格が下がればもちろん影響はあります。
でもウチは、
もともとウチにしかないオリジナルなサービスだけを提供している
っていう自負がありますので、
感覚としては競争ではありません。
よそが下げるからウチも下げる‥‥じゃなく、
下げられる環境だから下げる。
そのほうが喜んでもらえるんなら、
ウチが損しないところまでは下げる。
だいたい、
手の内を読む
なんてことが、
ハナっから下手クソなもので‥‥、
よそがどんな戦略でどんな特長のある商品をいくらで販売してるかなんて、
実はあんまり知りません。
業界の研究もなしに、
我流で組み上げたひとつのビジネスモデルを一貫して引っぱって、
ファイナンシャルな意味ではたいした危機もなく、
それどころか健全きわまりない事業展開を続けております。
シェアを伸ばしたほうが勝ちで、
低いほうが負け、
なんていう尺度も頭にない。
だ、か、ら、と、いって、
ですよ、
だからといってわたしが競争そのものに否定的かというと、
ぜんぜんそんなことはありません。
殴り合いで勝負するなら、
血まみれになろうが歯が折れようが、
どっちかが泡吹いて降参するまで徹底的にやれや、
と、
そこまで思うくらい、
闘争そのものには抵抗ありません。
実際のわたしは、
そもそも腕っぷしが強くないので、
殴りあいなんかしませんが、
たとえばディベートを殴りあいに置き換えるとしたらそんなイメージです。
ただ、
いまのところ誰とも闘う必要がないので、
長らく闘ってませんし、
できれば仮に挑発されたとしてもそれには引っかからず、
このまま争いのない静かな日常を送りたいと願っています。
無用な対立軸をつくるのは御免ですが、
だからといって、
競争に背を向けるという姿勢でもない。
かわす
のと
逃げる
のは
ちゃいますやんね。
わたしは、
うまいことかわしているんだと思いたいな。
(ё_ё)
戦争は絶対あかんと思てます。
闘いたくない者を巻きこむ闘いは全否定。
やりたいヤツが勝手にやんなさいって感じ。
闘いたい者(あくまで個人)は闘いたい者どうし、
まわりに迷惑がかからないように気を遣いながら、
騒音も悪臭も出さずに気の済むまでつぶしあいをどうぞ。
さあ‥‥
そんなわたしが社長という立場で、
会社という組織には競争原理を持ちこむのか‥‥?
社員Aと社員Bを比較して、
優劣をつけるのか。
つまり社員を闘いに巻きこむのか‥‥?
そこんとこ、
ちょっと整理が必要になりますね。
そうじゃなきゃ、
社員一律みんなに同じ給料を払うんかい?
大きめの組織の人事部に所属されているあなたなら、
マニュアルにしたがって、
社員の行動を採点していくだけかもしれない。
それだって1日じゅう見張ってられるわけじゃなし、
採点された側の社員には相当な不満がたまってしまうはずですよね。
めんどくさいです。
商品開発なんかより人事のほうが何倍もめんどくさい、
つーか、
いちばんめんどくさいっ!
大事なことって、
なんでもめんどくさいもんですなぁ~ε=( ̄。 ̄;)
心の修養が進んで、
勝ち負けに執着しなくてよくなるまでは、
ギシギシ競争したらいいと思いますよ。
勝負をとおして、
執着

何たるかを学べばいいんじゃないでしょうか。
負けたらいちいち心が折れるへにゃへにゃの自分なんて、
好きになれるんですか?
社会人1年生の新入社員によく、
>若いうちはどんどん失敗してください
って
言いますよね。
失敗を恐れず行動しろっていうニュアンスなんですけども、
ところが現実に失敗すると上司に叱られます。
>失敗しろっていうからしただけなのに、
>ひどいじゃないの。
>怒るくらいならはじめから失敗しろなって言わなきゃいいのよ。

と、
若ゾウがプンプン丸なのもわからんでもないですが、
要するに大切なのは、
心の強さ
なのだよね。
負けたらしっかり悔しがってほしい。
そこで折れるなとは言わないし、
人前でめそめそ泣いたってかまわないと思う。
負けても笑顔で‥‥っていう風潮も、
それはそれでけっこうでしょうけど、
昭和なオヤジのメンタルにはどうもフィットしません。
勝っても負けてもどっちでもいい‥‥なんて、
もう論外。
勝負するからには勝ちにいけよ。
わたしが言いたいのはそうじゃなくて、
‥‥なんやろか、
全力で闘って負けて、
負けたら悔しいのがあたりまえやけども、
その悔しい感情に引きずられないようにってこと。
きちんとリカバーできればいい。
いちどはボッキリ折れたとしても、
その消沈した気持ちを長引かせず、
一晩か二晩か、
ことによっては一週間か‥‥で吹っ切ったらいい。
勝負して負ける事象が現実生活からなくなることはないでしょうけど、
競争と無縁であるということの意味は、
厳密にいうと、
勝ったり負けたりの結果に
いっさいわずらわされないということです。
そのためにもふだんから、
勝つことが良いことで、
負けることが悪いことだというような価値観は捨てる。

良いも悪いもないと思ってしまえばほんとうに良くも悪くもないことなのに、
そこにいちいち神経を振りまわされてあたふたしている人がどんだけ多いか。
なまなましい話をすると、
給料が高いから必ずしも良いわけじゃないいし、
安月給がイコール負けじゃない。
──あなたはだいじょうぶですか?
この問題、
教育現場ではもっとややこしそうですね。
ウチにも小学生の娘と息子がいますから、
他人事ではないんですけどもな。
とにかく
子どもが傷つく場面をつくらないための配慮をすごく感じる。
配慮っていうか‥‥事なかれ主義っていうか、
子どものためというより自分たちが親に叱られないためっぽいですけど。
競争させない教育
なんて‥‥
ナンセンスだと思いますけど、
小学校じゃしょうがないのかな?
負けることはダメなことじゃない、
勝ったり負けたりすることで人の優劣は決まらないし、
比べることも悪ではない──
なんて、
子どもには理解できませんもんね。
心の傷に対して
生まれつき抵抗力のある子どももいれば、
からっきし免疫がなくて、
一撃でトラウマになってしまいそうな子もいる。
子どもは心を守る術がないのだし、
そっちを先に教えようという順序になってないし、
教えたとしても実践して身につかなければ元も子もない。
いちおうわが家でも、
自分の息子にここらへんのことを伝えようとするんだけれども、
うまい伝え方はまだ見つかりません。
子どもにとっては試験が勝負。
得点が低かったとき、
>気にするな
っていうのも変だし、
>それだけ取れたらじゅうぶんや
っていうのもウソっぽい。
>頭を使う仕事に向いてないってわかってよかったやんか
って励ますのもおかしいし。
自分だけの大切なものが早く見つかったらええよな
っていう想いはほんとう。
社員には、
自分の強みと弱みを徹底的に深彫りしなさいと言ってます。
他人と比べられて採点された結果は、
そのためのヒントです。
評価の結果にはとらわれず、
勝ったも負けたもなく、
自分の強みにこだわってベストな仕事を粛々と。
つまらない競争に心が巻きこまないようにしながら、
いちばん喜んでもらえることにフォーカスする。
わかるまでは巻きこまれるんでしょうけどね、
きっと。
すべては学びですよね。


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